或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

香山草紙 小説集


椎名町にて候 ~おき去りにした青春~ 北見俊介 著

第二章 その3

睡眠不足で頭がボーッとしていたが、アパートに居ても別にする事がないので、久しぶりに華道部の部室へ顔を出してみた。相変わらず、お華の部屋とは似ても似つかない、薄暗い部屋だった。
「伊達君、明日ひま?」
と倉橋さんが言う。
「ああ、別に何もする事はありませんけど。」
と僕は答えた。
「じゃ、私と一緒に連盟へ行ってくれない?岸君が委員なんだけど、明日岸君都合が悪いの。代わりにね。明日3時から連盟の会議が青学であるの。2時にここで待ってて。お願いね。」
倉橋さんは3回生で華道部の副部長をしている。連盟とは、関東華道会連盟の事である。そうこうしている内に、先輩の檜山さんや彼と付き合っている遠藤さんがどやどやと入ってきた。
「おい、伊達。少しは顔を出せ。」
と、一人前の先輩づらをして、檜山さんが僕のおでこを軽くつついた。
「はあい。」
と、生返事をして僕は出ていった。廊下の向こうから来る、江田久美子を見つけて、お茶に誘った。今日は少し見栄を張って、ウィーンに行った。心地良いク ラッシックの音楽の中で、飾り気のない久美子との会話も弾み、楽しい時間が過ぎていった。昨日からのモヤモヤがすっと消えていった。この間のお返しにと、 僕は久美子を食事に誘った。食事を終え二人は池袋で、西武線と東上線に別れていった。
次の日、約束の2時過ぎに部室へ行くと、倉橋さんが、
「遅いわね。7分遅刻よ。」
と、少々ヒステリックに言った。
「済みません。」
と素直に謝って、お姉様の後に従った。今年の秋の関東華道会連盟展は、中央大学が主管で企画、運営する事になっているのだそうで、倉橋さんは随分張り切っ ていた。会議の開始時間は3時からだったが、15分前には到着する事が出来た。会議の要項をまとめたコピーを資料として出席者の机の上に配り、席に着い た。席は口の字に作られており、全員を人目で見る事が出来る。僕は興味深く出席者を追った。僕の眼は或る一点で静止して、そこから先は動かなかった。前の 名札には、共立女子大と書いてあった。すぐさま、資料の一部にある、委員の名簿に目を通してみると、二人の名前が書いてあった。どちらかな?と、思った が、僕は自信を持って片方の名前を予想した。議長が、
「先ず、議題に入る前に自己紹介をしたいと思います。私から始めますので、後は右回りでお願いします。」
と言い、学年とか出身とか、趣味などを話した。6番目に注目の女性が立って、
「共立女子大の柿沼百合です。」
僕の予想通りの名前だ。真っ白な肌。背は高からず低からず。肩の処で行儀良く切り揃えられた髪は、ストレート。大きくもなく小さくもない鼻は、鼻筋がスッ キリ。目は二重瞼。身体はやや太目だが、その方が却って上品。山形のさくらんぼを想わせるような唇で、透き通るとはこう云う声の事。僕はいろんなイメージ を創り上げた。彼女の父親は大学教授かな?祖父は著名な画家だよきっと。祖母は日本舞踊のお師匠さんだと思うな。母親は御公家さんの血をひいているに決 まっている。兎に角、僕には全く縁の無い、気品と云うものが彼女にはあった。隣で倉橋さんが自己紹介をしている。次は僕の番だ。ようし、何とか印象付けな くては、と、
「僕の名前は伊達省吾と云います。伊達とは伊達政宗の伊達と書きます。省吾の省は反省の省で、吾はワレと書きます。残念ながら、皆さんの手許に配付されて いる名簿には僕の名前はありません。何故なら僕は岸君の代理ですから。代理の伊達、と覚えていて下さい。出身は岡山県の牛窓と云う風光明媚な田舎です。 [うるわ美しの窓]が訛って、牛窓になったと云われており、その昔西行法師もこの地を訪れて、歌も詠んでいます。竹久夢二の生誕地としても有名で、僕の家 の近くには夢二記念館もあります。この秋の連盟展は、我が中大が主管させていただくようで、光栄です。倉橋副部長共々頑張りますので、よろしくお願いしま す。」
話し終えると、倉橋さんが小声で、
「少ししゃべり過ぎよ。」
と睨んだ。改めて名簿を見ると、彼女の住所は小金井市になっており、ラッキーな事に、自宅の電話番号まで書いてある。倉橋先輩に感謝感謝。用事が出来た岸君ありがとう。今日はなんていい日なんだ。


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