或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

香山草紙 小説集


椎名町にて候 ~おき去りにした青春~ 北見俊介 著

第二章 その1

今日も熊沢は途中下車をして、僕達のアパートに来ていた。
「まだ、猪山帰ってねえかな。」とか、
「もう一度光岡さんとやろうよ。」とか、
「そう言っているんだったら、原田さんを誘ってあげたら。」とか、
頻りにだだっ子の様な事を繰り返し言っている。僕は聞き流しながら池袋の駅で買ってきた週刊誌を見ていた。すると、戸がコンコンとノックされ、
「伊達さん、居る?」
と、食堂のおじさんの声がした。僕は戸を開けた。
「なぁに、おじさん。」
「光岡さんがね、遊びに来ないかって、今電話があったんだけど。どうする?俺も後から行くからさ。何か面白いものがあるそうだよ。」
「なんだろう。麻雀かな?」
「いや、そうじゃないらしいよ。もう伊達さんらとは2度としないと言ってたもん。兎に角行ってみたら。」
と言うので、別にすることもないし、熊沢と浩一と3人で行くことにした。
[ピンポン]
「済みません。伊達です。」
「ああ、伊達君。来たの。さあ上がって。」
上がるとヒモチャンがいた。ヒモチャンはソファにもたれて、ウィスキーを飲みながら、妙ににやにやしていた。
「今までに見たことがあるかも知れないけど、今日いいのが手に入ったんだ。」
と、誇らしげに光岡さんが言う。どうやら話には聞いていたが、所謂、ブルーフィルムと云う代物らしい。勿論僕は始めてだった。光岡さんは器用に映写機を組 み立てて、壁にスクリーン用の真っ白な布を丁寧に張った。この間[ラビアンローズ]で、ヒモチャンが光岡さんに言っていた[良いのが入ったら]と云うの は、この事だったのか、と納得をした。部屋の灯りを消すように、と光岡さんが僕に言うので、唾を飲み込みながらスイッチを切った。ヨーイスタート。カシャ カシャと映写機も少し興奮しているらしく、音を震わせながら画面は、987…3210とカウントダウンされた後、題名が出た。勿論音声はない。一本目は今 でもよく覚えている。夫婦で野良仕事をしていたが、急に全く意味もなく急に、その気になって、セックスをしだす。(本来はセックスなんて言葉は、このブ ルーフィルムには全然マッチしないんだが、不承不承セックスにしておく)二本目は確か女性が寝ているところへ、頬覆りをした強盗が入り、物や金品を盗らず に犯してしまう、そんな内容だったと記憶している。
「光岡さん、こんなの古いよ。新しいのが入ったて言ってたじゃん。こんなんじゃ、学生さんでもタタナイヨ。」
とじれったそうにヒモチャンが言う。いえいえ、僕にとっては全く新鮮ですよ。充分ですよ、と言いたかった。当時ピンク映画と呼ばれていたものを、それ専門 の映画館で見る事は出来たが、今のAVからするとお話にならない程幼稚なものだった。普通は白黒で、クライマックスになるとカラーになるという、パートカ ラーの映像だった。それですら見終わった頃にはかなり興奮していたのだから、充分過ぎるほど充分だった。光岡さんが、
「まあまあ、これから、これから。今までのはほんのお口汚し。栗田さん、期待して待ってて下さい。」
と言った。それから五、六本見ただろうか、僕はすっかりのぼせ上がり、頭も身体もボーとしていたが、下半身だけは、今にもズボンを突き破りそうになってい た。中でもヒモチャンが絶賛した外国もののカラーのやつは、只只圧倒されるばかりだった。ヒモチャンはそれをすっかり気に入り、譲ってくれと、さかんに光 岡さんに迫っていた。光岡さんは、もう売れ口が決まっているからダメだ、と断っていたが、ヒモチャンはどうしても欲しくて欲しくて仕方がないらしく、倍の お金を払うからと言って聞かない。光岡さんは困り果て、決まっている買人に電話をして、さかんに謝っていた。どうやらヒモチャンは今回の目的を達成したら しい。
「今日は気分が良い。ぱぁーっと飲みに行こう。ぱぁーっと。新宿まで行くかい?それとも池袋にする?」
気分を良くしたヒモチャンが言う。
「栗田さんにはかなわないよ。我が儘なんだから。」
と、光岡さんが愚痴っぽく言った。
「栗田さん、この間の店でいいよ。」
と、僕は言った。
「なぁんだ、ラビアンでいいのか。お安い御用だ。行こう行こう。皆で。」
と云う事になった。
「おい、来たぞ。さあじゃんじゃん飲んで。」
と、ラビアンローズへ行ってもヒモチャンはすこぶる上機嫌だった。僕は眼で明美を追った。明美と目が合い、彼女が[にこっ]と、笑ったような気がした。
二時間程、飲んだり騒いだりしただろうか、熊沢は終電に乗り遅れるから、と帰るし、浩一は明日一時限の授業があるから、と言って帰った。僕はあのブルー フィルムも手伝い、良い気持ちで酔っ払っていた。ヒモチャンが、
「おい、もう看板だろう。寿司食いに行こう。学生さんも行こう、名前は伊達君だったか?明美、おまえも行こう。」
と誘い、近くの寿司屋へ行き、又ビールや日本酒を飲み、したたか酔っ払った。ヒモチャンが、
「今度は俺んとこへ来い、飲み直しだ。」
と言って、僕と明美とが連れて行かれた。光岡さんのマンションよりも遥かに立派な部屋だった、までは覚えていたのだが、後はまるっきり覚えていない。
頭の痛さと、日の眩しさと、空腹とが重なって目が覚めた。でも、自分が何処にいるのか気が付くまでにはしばらく時間がかかった。赤や紫の洋服がカーテン レールにかかっているところを見ると、どうやら女性の部屋にいるようだった。何故ここにいるのか?ここが誰の部屋なのか?記憶を辿ってみたが、思い出せな い。時計を見ると10時を少し回っていた。少し離れたベッドには誰か女性が眠っているようだった。僕は服を着たまま寝てしまったようだった。下半身だけは 異常に元気があるようだ。何かあのフィルムが夢の中の出来事の様に思えた。少しおさまるのを待っていたが、おさまりそうもないので、そおっと起き、トイレ に行き、又布団の中に潜り込もうとした時、
「あら、もう起きたの?もっと寝てなさいよ。」
と、少し離れたベッドに寝ていた女性が、上半身を起こして、こちらを見ながら言った。化粧を落としていたが見覚えのある顔と、聞き覚えのある声だった。(ええ!もしかしてここは明美の部屋?)
「明美さんですよね?どうして僕はここにいるんですか?」
「覚えてないの?そうだろうと思った。大変だったのよ、夕べは。本当に困っちゃったわ。」
「済みません。全然記憶がないんです。」
「伊達君だったわね、君。君酒癖、余り良くないわよ。帰らない、帰らない、もう一軒行くと言って、栗田さんを困らせたのよ。まったく!仕方がないから、私 がここに連れてきたのよ。何処に住んでるかも分からないし。」
「そうですか、それは、それは、申し訳ありませんでした。こんなこと始めてです。それでは、もう帰ります。」
「もう少し待って。コーヒー位入れるわ。飲んでいきなさい。私、その前にシャワーしてくるわね。それにこの素顔じゃ、君もびっくりでしょうからね。」
「いいえ、素顔の方が綺麗ですよ。」
「無理しなくていいわよ。お布団上げて、そこの押し入れにしまっといて。シーツは洗うから、その辺にたたんで置いといて。」
命令口調で言い残し、バスタオルと着替えを持って浴室へ消えていった。シャワーの音を聞きながら、明美の裸をイマジネーションした。又、下半身がおかしく なってきた。ジーパンとTシャツに着替え、軽くお化粧をして、明美が浴室から出てきた。コーヒーとトーストを御馳走になり、僕は桜荘に帰った。[又、飲み に行きます]と云う言葉と、後ろ髪を残して。


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