或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

香山草紙 小説集


椎名町にて候 ~おき去りにした青春~ 北見俊介 著

第一章 その4

地下鉄丸ノ内線で終点の池袋まで行き、西武池袋線に乗り換え、一つ目の駅、椎名町に着いた。駅前の商店街を抜けると、僕達のアパート[桜荘]までは10分 もかからない。5年程前、仕事の関係で東京へ出張した時、少し時間があったので、十何年振りかに、第二の故郷のようなこの街に来たことがあった。殆ど街の 様子は変わっていなかったが、桜荘はもう取り壊されて、中層マンションの一部になっていたし、光岡さんが住んでいた近代的なマンションは陳腐化していた。 僕の入る余地など全くなかったが、不思議と寂しさはなかった。時代とか人生というものは、これで良いのだ、としみじみ思った。
6時頃桜荘に着いたが、自分達の部屋へは行かず、1階の食堂へ入った。
「おじさん、マンションへ行ったらいいの?どうするの?」
と聞くと、おじさんは
「来たら電話するように聞いているから、一寸待って。」
電話によると、今手が離せないから、30分後に来るようにとの事だった。浩一はまだ学校から帰っていない様子だったので、帰ったら来るようにと、おじさん にことづけをし、我々は腹ごしらえを済ませ、光岡さんのマンションへ行った。部屋は501号室で、東南に面した最もいい処だった。それにエレベーターがつ いており、僕からすると全く別世界のようだった。[ピンポン]とチャイムを押し、
「こんにちは。伊達です、どうも。」
何か自分が妙にへつらっているようで、少々不快な気分になっていた。
「上がって、上がって。」
「どうも、おじゃまします。あの、紹介します。こちらが吉田。こちらが熊沢。この人がカメラマンの光岡さんです。」
「光岡です。お手柔らかに。まぁ、座って。コーヒーでも入れるから。」
座り心地の良いソファに腰を下ろした。部屋の中は、男の一人住まいにしては大変綺麗で片付いている。6帖程のダイニングキッチンと、8帖位のリビングがワ ンルームになっていて、他に和室が一つと洋室が二つあり、一つを暗室がわりに使っていた。和室には既にパイの準備が出来ていた。コーヒーメーカーで(イン スタントではない)落ちたコーヒーを飲み終え、いよいよ戦闘開始である
僕はかなり興奮気味だったが、僕の弟子達は僕が電車の中で言ったこと、つまり[最初の半荘は相手の力量を観ることだけに専念しろ]を忠実に守り、決して無 理はしなかった。半荘を終えた時、吉田が僕の方を見、にやりと笑ったので、僕も目で合図を送った。我々にとって光岡さんは所詮敵ではなかった。赤子の手を 捻るとは、こういう事を云うのだろう。
「みなさん、強いね。かなわないわ。」
七、八回半荘を終えた処で、光岡さんがぼやいた。
「もう止めます。」
と僕が言うと、
「もう一回だけ、やろう。」
と云うことになり、最後の半荘にはいった時、[ピンポン]とチャイムの音がした。浩一が来たのかな、と思った。
「光岡さんいます。栗田です。」
「おい、上がれよ。今、麻雀やってんだ。」
髪の毛を短くした、薄い色のついたサングラスをかけ、がっちりとしているが、男としては透き通るように色の白い肌をした、栗田と云う男がやってきた。どうやら光岡さんの遊び友達らしい。
「もういい加減に止めて、飲みにでも行こうよ。どうせ負けてんだろう。すぐカッカする方だから、光岡さんは。この頃の学生さんは強いからな。」
後で食堂のおじさんに聞いた話だが、この栗田と云う男は、表向きは不動産屋をやっているが、本業はヒモで彼の女はバーをやっているそうである。その事を 知ってから我々は、栗田さんがいない所では、ヒモチャンと呼ぶようになった。例えば、[今ごろ、ヒモチャンどうしているかな]とか[ヒモチャンは週何回位 するのかな]と、いった具合に。最後の半荘もやはり光岡さんは負けた。精算をし始めて、僕は心臓が張り裂けそうになった。と云うのは、始める前に簡単に ルールを確認しあい、レートを決めたのだが、その時に[じゃあ、レートは②と云うことで]になっていた。②と云うことは、僕達が日頃やっているレートで、 箱点(始めに手許にある点数を示すチップの様な小さな棒が全てなくなること)で、マイナス6百円なのである。しかし、一人負けの光岡さんは驚くなかれ2万 1千円を支払ったのである。マイナス105だからである。なななんと一ケタ違うではないか!それを最初に知っていたら、こんなに平常心で打てていたかどう かは全く分からない。吉田と熊沢が、僕に眼で相談してきた。猪山なら平気で分けただろうが、僕は少し迷った。今月の小遣いも残り少ないし、こんなにいい部 屋に住んでんだから、と勝手な理屈をつけて、僕は手を震わせながら、二人にそれぞれの勝ち分を渡し、残ったお金をポケットに押し込んだ。後で確認し合った のだが、[負けなくて良かったなぁ。他流試合は怖いなぁ。]と。
10時を少し過ぎていたが、ヒモチャンのおごりで、バーへ飲みに連れていってもらった。実は、僕はバーへ行くのはこれが始めてなのである。でも、知ったかぶりをして、
「水割り、ダブルで。」
と注文していた。これも後から食堂のおじさんに聞いた話だが、その[ラビアンローズ]と云う店は、ヒモチャンの女がやっている店なのである。一時間一寸いて、帰り際に、ヒモチャンが、
「光岡さん、又面白いのが入ったから、一度頼みますよ。」
と、小声で囁いているのを耳にした。
「それじゃ、おやすみなさい。」
と、店の前まで送ってきた女は、確か最初に[いらっしゃいませ]と、言っておしぼりを出した、この店で唯一の美人で、ヒモチャンは[明美]と呼んでいた なぁ、と思いながら桜荘へ帰った。吉田はまだ終電に間に合う、と言いながら藤沢をめざした。熊沢は多分、東長崎、江吉田、を過ぎ桜台へと帰っただろう。
桜荘の2階へ上がる階段は、鉄製の外階段式になっており、夜中などは足音がひときわよく響く。僕は遠慮がちに階段を上がって、下駄箱に靴を入れた。廊下に 電気が点いていたので消し、横を見ると、共同便所にも電気が点いていた。
「もったいない、誰だ、点けたままにしているのは。」
と、言いながら電気を消した。僕達の201号室を開けると、浩一はドライヤーで髪を乾かしていた、
「おい、来なかったじゃないか、おじさんにことづけていただろう。」
「もう遅かったしな。それでどうだった?」
事情を説明すると、明日何か奢れと言う。ドライヤーをしまいながら、
「明日は一時限があるからもう寝るわ。」
と言って僕の部屋の押し入れから、布団を出して寝る体制をとった。僕達の201号室は、6帖と4.5帖の和室二間で、入り口に申し訳程度の流し台がある。 6帖が浩一で、4.5帖が僕の部屋になっていた。何故そうなったかというと、4.5帖の部屋は入り口と接していて、その部屋を通らないと6帖には行けない 間取りになっている。いつも、遅く帰るのは僕の方なので自然にそうなってしまった。外で何か物音がした。耳を澄ますと、共同便所の戸の開閉の音である。
「もう、いやね。人がトイレに入っているのに消すなんて。」
と、聞こえよがしの独り言がした。[しまった!いたのか!あれは隣の美人姉妹のどちらかだ]と思ったが、後の祭りである。[コンコン]と、ノックがしたの で、てっきり隣の美人姉妹のどちらかが文句を言いに来たと思い、謝る準備をし、あわてて戸を開けた。
「これ、召し上がって下さい。今日良いことがあったもんで。この間は大人げないことをしてしまって、お恥ずかしい。少々イライラしていたもんで。女房にひどく叱られましたよ。今度一度麻雀やりましょう。」
と、ニコニコ笑いながら原田さんが立っていた。手に溢れんばかりのバナナを持って。
「いいえ、僕達こそすみませんでした。これから気をつけます。」
「いいえ、いいんですよ。是非今度、声をかけてください。本当は好きなんです、これ。」と言ってパイを混ぜるゼスチャーをした。今日原稿が売れたとかで、 とても上機嫌で、少しアルコールも入っていた様子だった。浩一と二人でバナナを食べながら、僕は夕刊を読みながら、深夜ラジオを聞きながら、明日は何をし ようかと悩んでいた。何もすることがないというのも、辛いもんだ、などと思いながら…


■PDFで読む