或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

香山草紙 小説集


椎名町にて候 ~おき去りにした青春~ 北見俊介 著

第五章 その5

10月21日の国際反戦デーを機に、学生運動は日増しに激しくなっていった。大学の講義も休講が目立つようになり、ノンポリの僕にとってますます学校へ行 く用事が無くなっていった。そんな中で、関東華道会連盟展(以下連盟展と云う)が二日後に迫っていた。副部長の倉橋さんには出品しますと言い、百合にも出 品すると言ったが、実際の所、何をどう生けるか、全く決まっていなかった。今日は華道部の指導をしている先生が来て、出品者が下生けをし、観てもらう事に なっていた。僕は、御茶ノ水の駅前の花屋にぶらっと寄った。歳は50歳前後の品の良いおばさんが、
「何か贈り物ですか?」
と聞いた。
「いいえ、ちょっと。」
と僕は答えた。
「これ、桜に似ていますが、なんという花ですか?」
と僕は品の良いおばさんに尋ねた。
「これ、桜ですよ。十月桜って云うんです。別名彼岸桜とも言いますがね。」
「へえ、秋にも咲く桜があるんですね。知らなかった。こっちは、なんと云う花ですか?」
「ああ、これ?これは木瓜ですよ。普通は春先なんですが、四季咲きと言って年中あります。いい花でしょう。」
「木瓜かぁ、いいなぁ。これにしようかな。実は華展があって出品する事になっているんですが、どうしていいかわからなくって、困っているんです。」
「お華しているの?男性で?珍しいわね。何流なの?」
「草月なんですが。」
「草月ね、うちは小原の事ならわかるけど。草月はちょっとね。」
「とりあえず、この木瓜もらいます。」
「一本でいいの?一本じゃ無理よ。三本位なきゃダメよ。いいわよ、サービスしとくから。他はどうするの?」
「他って?」
「馬鹿ね。木瓜だけじゃどう生けるの?少しおばさんが考えてあげるわ。」
と、言って親切なおばさんは、木瓜を手に取り、目の高さにしたり、向きを変えてみたり枝を曲げたりしていた。
「いいわね、ここをこういうふうに矯めて、この枝は切って、木瓜はある程度矯まるから余り矯め過ぎると折れちゃうから、気を付けてね。折れ矯めする事もあ るけど、あなたじゃ無理みたいだから。そうね、足許に何かいるわね。あっ!丁度いいのがあるわ。これ、これ、これをこんな風に足許に二本程生けるといい わ。」
「これ、なんて花ですか?桔梗ですか?」
「これ、都わすれって言うのよ。珍しいのよ、この時期には。うちの主人が大好きな花でね。今朝の市で買ってきたところなの。あなたついてるわ。」
「へえー、これが都わすれか。こんな花だったのか。名前は知っていたが、これが都わすれね。いい花だなあ、可憐で。」
「ところで,花器はどんなものを使うの?」
「花器ですか、持ってないし、部の方にあるのを使う予定です。」
「いいわ、それじゃついでに花器も貸してあげる。せっかくこれだけの材料を使うのだから、合う花器を使わないともったいないわ。これ使いなさい、これならピッタリよ。」
と言って、棚から下ろしてきた花器を僕に渡した。青っぽいグレーの素焼きの、細かくて背の高い上品な花器だった。なるほど、これなら良く合うと僕も思った。
「いいわね、この花器は少し背が高くて不安定だから、この白い小石を中に入れて、その上に剣山を置いて使うのよ。わかった?それじゃ頑張ってね。」
いくらだと聞くと、二千円でいいと言う。早速部室に行き、観てもらう事にした。倉橋さんを始め先輩達は、ぼろくそに批判した。草月にはそんな生け方はない とか、今日まで新入生のくせに一度も相談しなかったとか、中大からは5人しか出品しないのに、こんなんじゃ恥ずかしいとか、さんざんに言った。しかし先生 は、
「面白いんじゃないの。確かに草月にはそんな生け方はないかもしれないけど、今時そんな事にこだわるなんておかしいわ。タイヤとか金属なんかを使ったオブ ジェだってある時代なのよ。いいんじゃない、花材も新鮮だしね。でも、伊達さん、ここはこういうふうにした方がもっと生きてくるわよ。」
と言って枝の向きを変えた。なるほど、一ヶ所直すだけで全体の雰囲気が変わり、木瓜と都わすれの持つ、可憐なおおらかさが一層映えた。そして、その作品は 新人賞を貰い、連盟展は僕にとって大成功に終わった。百合も、友達三人で、可愛いオブジェを出品していた。そのお華の前でお互いに記念写真を取り合った。 (そういえばあの写真はどこへ行ってしまったのだろう)


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