或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

香山草紙 小説集


椎名町にて候 ~おき去りにした青春~ 北見俊介 著

第三章 その4

アパートへ帰り、着替えをし、遅い昼食をおじさんの処で済ませ、部屋でうたた寝をしていた。背中にぞくぞくとした悪寒が走り目が覚め、時計を見ると午後の 3時を回っていた。このままぼんやりしていると、風邪を引きそうなので、とりあえず外に出て何かをしようと思った。鉄製の外階段を降りながら、無性に明美 に会いたくなった。僕は明美のアパートまで足早に歩き、
「明美さんいる?僕です。伊達です。」
とノックしながら大きめの声で呼んだ。
「ああ、伊達君、ちょっと待って。」
ドア越しに懐かしくさえ思える明美の声がした。ドアが開けられ上がろうとすると、
「今日は帰んなさい。」
と、突っぱねるように明美が言った。
「何故?誰かいるの?」
「いやぁね。誰もいないわよ。それよりね、今度の日曜日デートしない?」
「デート?」
「そうよ、デートよ。今まで君とした事ないでしょう。今度君が来たら言おうと思ってたの。」
「いいね。面白いね。で、何処へ行く?」
「君自分で考えなさいよ。」
「うん……豊島園なんかどう?」
「いいわね。君に任せるよ。しっかり考えておくのよ。」
「じゃ、日曜日11時、池袋の改札口。で、どう?」
「馬鹿ね。豊島園に行くんだったら、わざわざ池袋まで行かなくてもいいじゃない。」
「僕に任せるって言っただろう。それに、その日までに気が変わるかもしれないし、11時だよ。起きれる?遅れないでよ。じゃ、帰る。」
僕は今、10時50分、池袋の改札口の柱にもたれて明美を待っている。(多分遅れるだろうな。派手な服を着てくるんじゃないかな。化粧は少し控え目にして きて欲しいなぁ。お金は僕が払うのかな、そうとしたら6千円位しかないのでどうしよう。)などと思っていると、僕の目の前に見た事もない女性がやって来 て、
「やあ、待った?ぴったりでしょう、11時。」
「………………」
「やあね、あたし、明美よ、伊達君。」
「えっ!明美さん!うそ、全く見違えちゃった。本当だ、明美さんだ。」
「どう?女子大生に見える?」
化粧は口紅くらいしかしてない感じだったし、長くて染めていた枝毛の多い髪は、肩のあたりできれいに切り揃えてあり、君が緑の黒髪、とまではいかなくて も、充分黒髪だし、着ている服は、サーモンピンクのクロコダイルのスポーツウェアで、膝が少し見えるくらいの丈のスカートは薄い紺色、ストッキングも白の 網の目になったものだった。マニキュアは、透明に近いピンクで、爪も短く切っていた。
「切符買ってくる。」
僕は相当張り切っていた。定期券があるのも忘れて、豊島園まで二枚買った。着くと家族連れとかカップルが大半だったが、何組かは女同士、男同士のグループ もいた。僕達は彼らの嫉妬深い視線を楽しみながら、腕を組んで列の中に並んで、いろいろな乗り物に乗った。明美が気に入ったのは、当時としては珍しかった ジェットコースターだった。暗闇を出入りしたり、水しぶきを上げたり、垂直に落ちるのかと思われるような、上下動を繰り返している間中、明美はキャアキャ アとはしゃぎながら、僕の腕にしがみついていた。僕はというと、もう目をつぶりっぱなしたった。明美はもう一度乗りたいと言ったが、本当は僕は怖かったの だが、待つのが嫌だと言った。ソフトクリームを食べたり、スパゲッティを食べたり、コーラを飲んだりして、あっと云う間に夕方近くになった。
「ねえ、これからどうするの?」
と明美が聞いた。
「別に何も考えてないんだ。どうする?」
「新宿へ行かない?ゴーゴーでも踊りに。」
「うん、いいよ。僕は行ったことはないが、明美さんさえよければ。」
と云うことになり、ゴーゴー喫茶(決してディスコではない)へ行くはめになった。
新宿駅の近くで軽い食事を取り、明美のエスコートに従いゴーゴー喫茶に着いた。入り口でチケットを2枚買い1600円払った。その頃から、けたたましい音 は聞こえていたが、室内はもう僕にとっては騒音以外の何物でもなかった。ボーイが、飲み物は何にするのかと大声で尋ねた。勝手が解らない僕は、明美の方を 見た。明美はジントニック、と言ったので、僕も同じ物を頼んだ。ジントニックと云う知らない飲み物が運ばれてきたので、口にしてみたが松脂の様な味がし た。まだ時間が早いせいもあったのか、店内には20人位の若者がいて、そのうちの半分程が手足を器用に動かして踊っていた。松脂を舐めながら僕は煙草に火 を点けた。(いつ出て行こう)そればかり考えながら。
「ねぇ、踊らない?」
「僕は知らないから、いいよ。どうぞ。」
「簡単じゃない。リズムに合わせて、体を動かせばいいんだから。行こうよ。」
「いいよ、少し見てるよ。」
明美は群れの中へ入り、知らない若者としゃべりながら、腰や腕を振っていた。(ちっとも色っぽくない)30分程して明美は「ああ、疲れた。」
と言って、やっと僕のところへ帰ってきた。残った松脂を一気に飲み干し、
「行こうよ、教えてあげるから、ね。」
と、僕の腕を引っ張って群れの中へ連れていった。得意の居直りしか僕には残されていなかった。
「上手じゃん。そうそう腰はこういうふうに、腕はこうね。足はそれに合わせて、自分の感じるままにやればいいのよ。格好つけないで。」
怒鳴るように、ゴーゴーの先生はのたまう。僕は疲れたので壁にもたれて、少し休んでいると、
「今度は誰でも出来るよ。おいで。」
と、僕を誘った。騒音は急にスローなテンポに変わった。
「チークなのよ。ラストの頃になるともっと凄いのよ。ほとんどキスをしてるわ。」
明美は、僕の首に両腕を巻きつけた。僕も回りを見習って、明美の腰に両手を回した。
「あっ!大きくなった!」
「バカァ」
僕は明美のおでこにキスをした。何組かのカップルは、唇を重ね、目をつむり、全く動かない状態になっていた。スポットライトが乱舞しだし、元の騒音に変 わった。僕達も離れテーブルに戻った。明美はボーイを呼び、レスカを二つ頼んだ。
ゴーゴー喫茶を出たのは、9時を過ぎていた。明美は小さな声で、
「ねぇ、ホテルへ行かない?」
「ホテル?」
「あれよ、あそこ。」
見上げると、怪しげな色でクィーンと描いてある、ネオンサインが目に映った。明美は僕の左腕にぶら下がるようにしていた。明美の頬にネオンサインの灯りが 反射した。僕の胸は万引きする瞬間のような緊張感で、ドキドキしていた。ドアは自動になっており、入ると胡散臭そうな目付きをしたおばさんがいて、部屋ま で案内された。部屋の壁の色は赤紫色で、ほの暗い照明は、陰湿な雰囲気をかもし出していた。おばさんは、[ごゆっくり]と言い、舐め回すように僕達を見な がら、テーブルにお茶を出した。襖を開けると、布団が二組み敷かれていた。上布団は、朱色の品のない柄で、敷布団は僕のよりもひどいせんべい布団のような 気がした。
「お風呂に入る?それともシャワー?」
「シャワーでいいよ。」
「じゃ先にシャワー浴びてくるね。」
手慣れた感じで事を進める明美に、嫉妬を覚えた。僕は段々サディスティックになってきた。僕は明美を追うように裸になり、浴室へ駆け込んだ。シャワーをし ている明美を後ろから羽交い締めのような格好で抱き締め、激しく唇を吸った。体も拭かず、シャワーも止めず、そのまま明美を抱きかかえ、布団の上へ押し倒 した。いつになく激しく時が流れた。明美は裸のまま煙草を取りに行った。うつ伏せになり、火を点けた。一本を僕に渡し、明美も煙草に火を点けた。
「ねぇ、伊達君。もし私が居なくなったらどうする?」
と呟いた。
「必死に探すよ。」
「嘘!」
僕の言ったことが嘘なのか、居なくなるのが嘘なのか、僕は解らなかったし、詮索もしなかった。
「明美さん、ここの払いいくらぐらいかな?」
と僕が言うと、
「これで払っときなさい。」
と言ってバックから壱万円札を出し、僕に渡した。それから一時間ほどして、受付で支払いを済ませ、
「これ、お釣。」
と返そうとすると、
「いいわよ。デート代の足しにしときなさい。」
と受け取らなかった。明美との最初の、しかも最後になってしまったデートは終わった。


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