或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

香山草紙 小説集


椎名町にて候 ~おき去りにした青春~ 北見俊介 著

第一章 その1

ドンドンドン、と戸を叩く音がした。僕は手を休め、
「はぁい。」
と言って戸を開けると、ひとつとなりの部屋の原田さんが立っていた。
「お前達、学生だろう。学生なら学生らしく勉強しろ。毎晩毎晩、じゃらじゃら、じゃらじゃら、麻雀ばっかりしやがって。いい加減にしろ、一体何時だと思っているんだ。隣近所の迷惑を考えろ。」
と、すごい剣幕で戸をピシャリと閉めた。僕達は少しやり過ぎかな、とは思っていたが、しばし呆然とした。でもそれくらいのことで誰一人として、止めようと 言う者はいなかった。藤沢からわざわざ来ている吉田や、途中下車の常習犯の熊沢(桜台に住んでいる)は勿論、このためにだけ近所に引っ越してきた大阪弁の 猪山、そして僕。唯、一緒に住んでいる僕の従兄弟の浩一だけは、やや消極的だった。時計を見るとまだ一時頃だったし、半荘の勝負さえついていない。人間い よいよ困ると知恵が出るものである。大阪弁の猪山が、
「おい、毛布あるんちゃうん。」
と言った。すると熊沢が、
「あったまいい。」
と、大声で続く。従兄弟の浩一が眉間に皺を寄せて
「シッー」
と、口に人差し指を当てた。押し入れから毛布を取り出して、ホームゴタツの台の上に敷き、その上にパイを並べてすることにした。少々不安定だが今止めるよりは天国である。ほとんど音はしない。吉田が、
「それ当たり、ロン、ロンだよ。でかいぞ。」
当たられた猪山が、
「ギャー」
と叫んで、後ろに倒れた瞬間、襖が破れ大騒ぎになった。浩一が、[シッー]と言い、全員が[シッー][シッー]の大合唱になり、何がシッーだか分からなくなった。
ここで、僕達が同棲している[桜荘]の住人を紹介することにする。2階は全部で5室あり、隣の202号室(僕達は201号室)は、美人の姉妹がいて、姉は 何処かのOLらしく、妹はお嬢様学校で有名な跡見学園の女子大生である。その隣の203号室は、今叱られた原田さん夫婦が住んでおり、奥さんは何処かの パートで働いており、原田さん自身は所謂売れない作家であるらしい。向かいの205号室は、浪人が一人で受験勉強をしているらしく、その隣は男性のサラ リーマンがいるみたい。1階は大衆食堂になっており、田中さんと云う人の好いおじさんがやっていて、僕達の食料源になっている。と云うのは僕達は、月当た り壱万円をその田中さんに支払い、食べたい時に食べさせてもらうと云う契約をしていた。
そろそろ目標の午前5時になる。切りの良いところで僕達は麻雀を止めて清算をする。合計20半荘をしていた。僕はプラス千二百円、従兄弟の浩一がマイナス 三百円、大阪弁の猪山がマイナス二千五百円、吉田がプラス二千百円、熊沢がマイナス四百円。僕達は西武池袋線始発電車に乗った。次の行動、早朝ボーリング のスタートである。5ゲームずつやり、吉田は藤沢へ帰り、熊沢は今度は途中下車をしないで桜台に帰り、猪山は自分のこ汚い4.5帖のアパートへ帰り、僕と 浩一は桜荘へと落ち着いた。僕がうとうとしていると、何か物音がするので起きてみると、浩一が歯を磨いたり、顔を洗ったりしている。
「どうしたの?」
と、聞くと今から授業に出るのだと言う。まさしく気違い沙汰であると思いながら、僕は深い眠りに誘われていった。
いくばくかの時間が経ったであろうか、空腹も手伝って僕は起きることにした。顔だけ洗って下の大衆食堂へ降りていった。
「おじさん、今日何?」
「ああ、カツカレー」
「うん、いただくよ、大盛りでね。」
「昨日、原田さんに叱られたんだって。」
「ええ!何故知ってんの。早耳だね。」
「少し前、原田さん下りてきて話してたよ。」
「ふうん。」
僕は新聞を読みながら、大盛りカツカレーを食べていると、横から、
「学生さんはいいね。気楽で。」
と見知らぬ若い男性が少し嫌みたらしく話しかけてきた。食堂のおじさんが、
「この人ね、向かいのマンションに引っ越してきた、光岡さん。写真家なんだって。今篠山紀信と張り合っているんだって、すごいでしょう。」
「マスター、オーバーに言わないでよ。まあ篠山紀信と張り合っているのは事実だけど。」
と言う。
[何がマスターだ、おじさんで充分だ、僕でも篠山紀信位知っているが、(平凡パンチかプレイボーイで見たことがあったから)光岡なんて名前知らないよ。ど ちらでもいいけど]と思いながら、ガキのようにカツカレーをパクついていた。
「学生さん、名前なんて言うの。」
と、張り合っているカメラマン光岡が聞くので、名前を言うと、今度うちのマンションで麻雀をやろう、マンションなら怒られずに済むから、と言う。
「ああ、そのうちお願いしますよ。」
[よし、徹マンと早朝ボーリングで鍛えた腕でパチパチにとっちめてやるか]などと思いながら、なかなか話の分かる奴だと、褒めたりもした。

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