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香山草紙 エッセイ集


  97.古都奈良~お水取り~

「お水取りが終わるまでは、温うはならん」。亡くなった祖母から幾度となく耳にした言葉だった。その意味もわからず、ただなんとなく子供心に納得していた。
お水取りは、また「お松明(たいまつ)」とも呼ばれているが、正式には「東大寺二月堂修二会(しゅにえ)」といい、毎年3月1日から2週間行なわれる。そ の歴史は古く、西暦752年、東大寺開山・良弁(ろうべん)僧正の高弟・実忠(じっちゅう)和尚によって始められたと伝えられている。以来1度も途絶える ことなく続けられており、今年で1,260回を数える。
前年の12月16日に、翌年の修二会を勤める「連行衆(れんぎょうしゅう)」と呼ばれる11名の僧侶が選ばれ、明けて2月20日から別火(べっか)という 前行が始まり、3月1日からの本行に備えるそうである。3月12日の深夜(正式には3月13日の午前1時半頃)には、「若狭井」という井戸から、観音様に お供えする「お香水(こうすい)」を汲み上げる儀式が行なわれる。これから「お水取り」と呼ばれるようになったのである。特にその日は大きな松明が焚か れ、大勢の人で賑わう。
私は2度お水取りを見に行った。1度目は二月堂の境内から、火を灯した大きな松明が、僧侶が打ち鳴らす鐘の音と共に、次々と廊下を伝って一気に二月堂の本 堂へと駆け上がっていく勇壮な儀式を眺めた。その度に歓声が沸き起こり、振り回される松明から火の粉が観衆の上に降り注ぐ。火の粉を浴びると、1年間無病 息災で過ごせると言われている。
2回目は本堂の中で間近に見た。本堂へは、事前に社務所に申し込めば、定員はあるが入ることができる。本堂の中では、ご本尊である「十一面観世音菩薩」の 前で、選ばれた11名の練行衆の力強い読経が続く。その中を大松明が次々と通り過ぎてゆく。火の粉は下の観衆の上に滝のように流れ落ちていく。燃え盛る火 の調子と風の具合で、本堂の縁側にも火の粉は落ちていく。時代や世の中がいかに移り変わろうとも、粛々と今日まで1,200年以上も続けられている法要で ある。
私は熱いものを感じた。それは燃え上がる松明のせいだけでは決してない。
 

二月堂 夜空を焦がす 大松明 世界に届け 平和の祈り(拙作)