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香山草紙 エッセイ集


  92.古都奈良 ~薬師寺編~

「ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なるひとひらの雲」(佐々木信綱)
奈良は、無性に行きたくなる所である。現に一年のうち何度か訪れる。秋の「正倉院展」は、余程の事がない限り見る。「お水取り」にも何度か参加したし、鹿の角切りも面白かった。その中でも、「薬師寺」との縁は切っても切れないものになっている。
薬師寺は法相宗の大本山であり、天武天皇により発願、持統天皇によって本尊開眼され、その後、平城遷都に伴い現在の地に移された。法相宗は南都六宗のひと つであり、唐で大成された唯識教学である。この宗は「阿頼耶識(あらやしき)」という深層意識が心の奥にあるということを認めており、つまり、私達が認識 している世界は、全て自分自身が作り出したものであるというのである。皆、共通の世界に住んでいると思い、同じものを見ていると思うが、実は各々別々のも のであり、10人の人間がいれば10人の世界があると説いている。紀元前7世紀、あの「西遊記」でも名高い玄奘三蔵法師が、17年の年月を費やし、インド にてその教義を修めて帰られ、弟子の慈恩大師によって開創されたと伝えられている。それ故に、薬師寺の年中行事には、玄奘三蔵法師にまつわるものが見受け られる。また、薬師寺には、「薬師如来」「日光菩薩」「月光菩薩」からなる薬師三尊像をはじめとする国宝や重要文化財が数多くあり、訪れる我々の心を癒し てくれる。
歴代の管主の中で、高田好胤管主は最も強く記憶に残っている。彼の説法は楽しく強烈であり、講演も拝聴したことがある。管主時代は、毎年、太平洋戦争戦没者慰霊法要のため、世界各地を巡礼して回った。また、彼が始めたことにお写経勧進がある。
薬師寺にはお写経道場がある。受付で勧進料を納め、輪袈裟をいただく。足音だけが聞こえる静まり返った廊下を行くと「丁子」があり、それを口に含み「香 象」を跨ぐ。丁子は身体の中を清めるために、香象は体の全体を清めるものらしい。100人以上も入れる道場の中では、既に何人かがお写経をしている。が、 その気配は全く感じない。硯で墨を摺る。使い古した筆でお写経が始まる。異次元の中で時間が過ぎてゆく。書き終えて仏様の前に納め、手を合わせる。そっと 心の中で「光明真言」を唱える。「おんあぼきゃ…」。
私と薬師寺とが結ばれていることを感じる一瞬である。