或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

香山草紙 エッセイ集


  91.私の中の龍馬

私と龍馬は、『司馬遼』によって紹介され、もうかれこれ30数年の付き合いになる。付き合えば付き合うほど得体の知れない人物で、その都度、新鮮さを私に運んでくれた。あれほど私が忠告したにもかかわらず、身辺の警護を怠り、彼は33歳でこの世を去ってしまった。
歴史上の人物で、私が到底敵わなくて、無条件で尊敬する人物が3人いる。1人は『カエサル』(英語名シーザー)であり、もう1人は『織田信長』で、いま1 人が『坂本龍馬』である。この3人にはいくつかの共通点がある。1つ目は、あまりに人間としてのスケールが大きすぎて測るメジャーがない。2つ目は、女性 によくもてたことである。カエサルには『クレオパトラ』、織田信長には『吉乃』、龍馬には『お龍さん』の如くである。3つ目は、3人とも暗殺されることで ある。カエサルは元老院の議事堂で、信長は本能寺で、龍馬は近江屋で、それぞれ非業の死を遂げる。
歴史に《もし》はないのであるが、「もし彼らが天寿を全うしていたら、その後の世界はどのようになっていたであろうか」という思いにしばし耽ってみると、 まず間違いなく、初代ローマ皇帝は『オクタビアヌス』ではなくなっていたであろう。そしてカエサルがもっとスピーディに、シンプルなわかりやすい帝国を創 り上げていたと思う。もしかして1200年ではなく、もっと長くローマ帝国は続いていたかもしれない。何せ彼は《全て》がわかっていたのだから。信長の場 合、断言できることは、江戸時代などという停滞した煩わしい時代(文化面ではなく政治経済という意味において)を飛び越して、一気に明治のような近代社会 を創り上げていたであろうということ。何せ彼は《サイエンティスト》であり《超合理主義者》であるから。
龍馬の場合はどうであろう?戊辰戦争や西南戦争は起こらなかったと思うし、経済的に自立した『日本国』が形成され、日清戦争や日露戦争も回避でき、国際社会に認知された国になっていたような気がしてならない。何せ彼の世界観は《誰も持ち合わせていない》大きさだったから。
今年のNHKの大河ドラマは『龍馬伝』である。「岩崎弥太郎から見た」龍馬らしい。福山雅治さんが1年をかけて、『龍馬』と対話しながら創り上げていくという。年末にはどんな龍馬になっているか、大いに楽しみである。