或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

香山草紙 エッセイ集


  78. お遍路日記ⅩⅩⅥ

第七十七番『桑多山道隆寺(そうたざんどうりゅうじ)』には読んで字のごとくの伝説が残っている。昔、和気道隆が自分の桑畑に来てみると、怪しい光を発す る一本の桑の木があった。彼は不審に思い矢を放つと、たちまち光は消え、その代わりそこに乳母が倒れていたのである。道隆は余りの悲しさにその桑の木で 「薬師如来」を刻み、堂を建て安置したのが、道隆寺の開祖となった。その後、弘法大師がその地を訪れ薬師如来を刻むと、道隆が刻んだ薬師如来が胎内仏とな り、「二体薬師如来」として安置されている。広大な境内には二百七十余体もの観音像が奉納されており、優しく澄んだ空気が漂っている。心休まる札所であ る。
第七十八番『仏光山郷照寺(ぶっこうざんごうしょうじ)』は高台にあり、瀬戸大橋が一望できる。郷照寺はお四国霊場唯一の宗派・時宗で、開祖は行基。ご本 尊は「阿弥陀如来」である。郷照寺はまた厄除け寺としても広く信仰を集め、私もそれがご縁で七年来厄除け祈願のお札を納めさせて頂いている。
第七十九番『金華山天皇寺(きんかざんてんのうじ)(高照院)』の名前の由来は、讃岐に流された崇徳上皇の死を都に伝える間、棺をこの寺に安置したことに よる。その間、崇徳上皇の遺体の損傷を防ぐために使われたとして、「八十場の泉」が今も残っている。天王寺のあたりは森閑としており、崇徳上皇の数奇な運 命が感じられ、静かで物悲しい札所でもある。
タクシーに戻り運転手に「どこか泊まるところはないか」と尋ねると、「少し行った所に良い温泉場があるが、余り部屋数がないので空いているかどうか分から ない、どうするか」と言う。私は運転手に予約を入れてくれるように頼んだ。運良く部屋はあるとのことで、そこに泊まることにした。
二十分程走ったであろうか、「城山温泉」という宿に着いた。人の好さそうな女将さんが愛想よく迎えてくれ、「どこから来たのか」とか「何番まで打ったの か」とか「なぜ一人なのか」とか、部屋に案内されてからもいろいろと気遣ってくれた。到着したのが五時を少し回っていたので、食事は七時にお願いをした。 温泉は弱アルカリで肌に優しくなかなか良いお湯だった。心身ともに久しぶりに生き返った。夜の食事も、川魚を中心に辺りの山菜をまじえて、遍路をしている ものにとって負担のかからない配慮がうかがえた。明日はいよいよ八十八番『大窪寺(おおくぼじ)』まで打つ予定である。お四国最後の夜にふさわしい宿に なった。