或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

香山草紙 エッセイ集


  7. 酒

「まあ、まあ一杯」

影の声「その一杯がダメなんです」

「ここからでしたら、這ってでも帰れるじゃないでか」

影の声「いいえ、私は車で帰りたいのです」

「今晩は泊りですから、一杯くらい」

影の声「ええ、飲むと余計苦しくなって、眠れないんです」

「ワシの酒が飲めん言うんか」

影の声「誰の酒でも飲めんもんは、飲めんのです」

このような会話を幾度繰り返したであろうか。この50年いや正確には、30年の間に。そしてこれから先、何年これを言い続けるのであろうか。
私は酒が呑めない。勿論、ビールもウィスキーもダメである。弱いと言う域ではない。まるっきり受け付けないのである。日本酒なら盃に2杯が限界で、ビール に至ってはコップに半分程度、水割りは極薄いのを1時間かけて呑む。しかし呑んだが最後、激しい頭痛や不快感は言葉に出来ない。要するに体質なのである。 科学的に言えば、アセトアルデヒドを分解する酵素が無いのである。その昔、大学生の頃、3回ほど先輩に無理矢理飲まされ、2~3日寝込んだことがある。訓 練すれば呑めるようになるというけれど、死ぬ思いまでして呑めるようになりたいとは思わない。
我々、酒が呑めないものは、酒を飲むものを一応認めている。にも係わらず、酒飲みの連中は我々を認めようとしない。<こんな美味しいものを知らない のは可哀相だ>とか、<何一つお前に対して文句はないが、酒を飲まんのだけは腹が立つ>とか、宴会も一段落した頃を見計らって遠慮がち にご飯を食べようとすると、<早や、飯を食べて、場が白ける>などと平気で言う。放っておいてくれ、お前達がいくら呑んでも文句を言ったこと があるか、と言いたい。
酒だけに限らず、この人間社会においてはこんな例を挙げればきりがない。ペットしかり、音楽しかり、スポーツしかり、趣味と名のつくものはほとんどが自分 の好みがもっとも良くて、それ以外を認めようとしない。それを宗教や民族にまで持ち込んでしまうと、もうそれは悲惨でしか有り得ない。その特効薬は宇宙観 しかない。
お酒呑み様。どうか酒は楽しく、静かに嗜んで下さい。