或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

香山草紙 エッセイ集


  51. 手紙Ⅱ

丁度2年くらい前でしょうか、あなたの異変に気がついたのは。あれほどあった食欲『1日2回、きっちりキャットフードを何度かに分け食べ、夕食時には家内 があなたの為に特別に用意した、例えば秋刀魚や鯵を焼いたもの(決して生物は食べなかった)を家内が「ごちそうさま」と言うまで食べ、そして私が夜の歯ブ ラシをしていると「まぁ~」とまさしく猫なで声ですり寄り、例のもの、つまり"イリコ"をねだり、3匹ほどやると満足そうに2~3回大きく前後に伸びをし て、ソファ代わりになっているマッサージ器の上に軽く飛び乗り体を丸め目を閉じていました』が、突然無くなりましたね。1~2日は様子を見ていましたが、 一向に元の食欲に戻りそうもないので、病院へ家内が連れて行くと、貧血がひどい状態だということが判り、3~4日入院をし、点滴をうってもらうことにな り、その間私たちは寂しい思いをしました。私自身も仕事の合間を抜けて見舞いに行きましたね。それがあなたと病気との最初の出会いでした。
退院してからはすこぶる元気になり、食欲も旺盛で1年くらいは元気で毎日を気ままに過ごしていました。体重も増え周りからはブタ猫などと言われたりして、 あなたは少々機嫌が悪かったかもしれませんね。私たちもすっかり入院したことなど忘れていました。
が、しかし次の異変に気付き、病院へ連れて行くと、肝臓の数値が悪くなっており、さらに追い討ちをかけるかのように、白血病のウィルスも持っていることも 判明しました。実はあの時あなたには言いませんでしたが、医者からはそう永くない生命であると宣言されていたのです。あなたは薬が大嫌いで、本当に可哀相 でしたが、心を鬼にして二人がかりで飲ませました。あなたは鋭い爪で、私の胸と腹を引っかき、特に腹の場合は血が滴り落ち、その傷は今も残っています。今 では私とあなたを結ぶ一つの絆となり、私の宝物です。特にあなたが亡くなる1ヶ月ほど前は、針をはずした注射器で、私達は泣きながら薬や流動食を与えまし た。あなたが亡くなった時、家内は一番にその注射器を処分しました。
2003年12月4日、午前8時。私は会社のエレベーターの中で鳴る携帯電話を取りました。「カーコが、カーコが」泣き叫ぶ家内の声。「すぐ帰る」私はそ の日のスケジュールを全てキャンセルし、とんぼ返りで自宅に戻りました。家内はもう1時間近くあなたを腕の中で抱きしめたまま、泣き続けていました。私達 家族は、あなたを本当の家族のひとりとして弔いました。


私はと言うと、未だに洗面所で歯ブラシをしながら、あなたが足元にまつわりついてくるのを待ち続けているのです。