或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

香山草紙 エッセイ集


  40. 書写山円教寺

初秋の午後、ふと思い立って書寫山(しょしゃざん)『圓教寺(えんぎょうじ)』を訪れたくなり、一人で出かけた。特に、アメリカのスーパースターに感化された訳ではないが、ただ何となくその気になったのである。
平日の午後3時のロープウェイには誰も乗客はなく、私だけだった。たった一人だけの乗客の為に、女性ガイドは健気に4分足らずの上昇時間をマニュアル通り に語り、とりわけ愛想を振りまく訳でもなく、頂上への到着を知らせ軽く一礼した。
ここ『圓教寺』は"西の比叡山"と呼ばれ、性空上人(しょうくうしょうにん)が約一千年前に開祖し、鎮護国家の道場であった。今は西国二十七番霊場とし て、全国からの参詣者も多く深い信仰を集めている。また和泉式部ゆかりの寺としても有名で、歌塚も残っている。大小様々な建物が存在するが、本堂は摩尼殿 で、その御本尊は六臂如意輪観世音菩薩(ろっぴにょいりんかんぜおんぼさつ)。御開帳は年に1回、鬼追いの日1月18日にされる。
過去に2~3回は訪れたはずなのに、私を殊の外感動させたのは、大講堂、常行堂(じょうぎょうどう)、食堂(じきどう)である。いずれも国の重要文化財に 指定されている。大講堂の建物自体は室町初期に建立されたと言われているが、本尊である釈迦如来は、平安時代の作で僧侶たちの修行の場に使われたそうであ る。常行堂の本尊は阿弥陀如来で、大講堂と向かい合って建てられており、舞や雅楽が行われた。食堂の本尊は僧形文殊菩薩で修行僧の寝食に供した所である。
大講堂と常行堂が向かい合い、それらを繋ぐかのように長さ40mの食堂が佇んでいる。無駄のない三つの建物は、シンプルの極致であり、美の終着駅のような 趣きがある。中でもとりわけ食堂はこの時代の建物では珍しく、二階建築でその直線美は時空を超越した感がある。
少々汗ばんだ額を山頂のさわやかな風が撫でていった。ふと我に返った私は周りに目をやると、所々で木々が色づき始め、本格的な秋の到来を予感させた。私は 二年前のお四国への遍路とだぶらせていた。独りで旅することの少ない私は、久々に孤独を楽しんでいた。日頃の煩わしさから解放された私は思いきり空気を 吸ってみた。仕事での行き詰まり、家族の事、私自身の身の回りの事、世の中の事、地球上での出来事……あらゆる全ての事がまるで何でもない事のように思え てきた。と同時に自分の至らなさについても改めて思い知らされた。
暮れなずむ書写の山道をゆっくりと歩きながら、私は、生きていると実感した。