或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

香山草紙 エッセイ集


  39. お遍路日記IX

太平洋から吹く室戸の風が、これ以上強くなったら壊れてしまいそうな『岬観光ホテル』は、建物も古く人が歩く度にギシギシと床鳴りがする。主らしい品のあ る夫人とその下働きでのおばあさんと二人でこのホテルを運営している様子である。泊り客は私の他は若い二人づれの女性客だけのようである。入浴を済ませ、 散歩から帰って来ると、間もなく食事が運ばれてきた。
『今日は何番までお打ちになったんですか?』と、私の遍路グッズを見ながら下働きのおばあさんが尋ねた。私が怪訝そうな顔をして黙っていると、お遍路で札 所にお参りすることを『打つ』と云い、その謂れについて語り始めた。
昔は木のお札を巡礼に行った先々の霊場に打ち付けていたところから『打つ』と云うようになり、一番札所から順番に回ることを『順打ち』と言い、八十八番札 所からお参りすることを『逆打ち』と言うのだそうである。ヨーロッパのミステリー映画にでも出てきそうな気味の悪いホテルにしてはまあまあの食事だった。
ほとんどの料理を平らげ、少々硬くて重い寝具に悩まされながらも気持ち良く次の朝を迎えた。お遍路の朝は早い。七時から納経所が開かれるのもその理由の一 つだが、自然に目が覚めてしまうのである。次の札所、その次の札所と心がはやり、お遍路する者の気持ちを前へ前へと押しやってしまうのであろう。
今日からは"修行の道場"高知県である。第二十四番札所『室戸山明星院(むろとざんみょうじょういん)・最御崎寺(ほつみさきじ)』は、文字通り室戸岬の 上にある。最御崎寺までの道沿いに御蔵洞(みくらどう)と云う洞窟があり、そこで弘法大師が修行し、その時求聞持法(ぐもんじほう)を会得し、それまで名 乗っていた『教海』と云う名前から『空海』に改めたと伝えられている。さすがに最御崎寺からの眺めは素晴らしく、どこまでも続く太平洋を見ていると自然の 雄大さを感じる。
この霊場も明治の初年に発令された悪法『神仏分離令』によって起こった仏教の排斥運動、いわゆる排仏毀釈によって荒廃し、大正になりやっと復興したお寺の一つである。
第二十五番札所『宝珠山(ほうしゅざん)・津照寺(しんしょうじ)』は室津港の傍にあり、海の守り神である。百段余りある階段は一直線に空に向かって延び ている。登りもきつかったが、下りはもっと大変で、右手は石段の中央に設けられている手すりに頼り、左手は金剛杖をつきながら降りて行った。
石段の中ほどに鐘桜門があり、休憩の気持ちも手伝って下りの途中で鐘をついた。その鐘の音は太平洋を伝ってアメリカ大陸にまで届きそうな響きだった。車に 戻ってエンジンをかけ、数百メートルほど進みかけたところでフロントガラスに雨粒らしきものが落ちてきた。今日は雨か…