或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

香山草紙 エッセイ集


  37. お遍路日記VII

『立江寺(たつえじ)』の山門を無事くぐりぬけ、先を進めた私は、二十番札所『霊鷲山鶴林寺(りょうじゅざんかくりんじ)』へと向かった。難所の一つとは 聞いていたが、いつ終わるとも分からない急な細い山道が延々と続き、途中対向車とあわや衝突しかけたり、何回となく脱輪しそうになった。右手に山肌、左手 に谷、今ここでこの谷底へ転落したら永遠に誰も発見してくれないのでは…などと思うとついつい手に脂汗がにじんでくる。
歩き遍路の人、自転車を押しながら登っている人、そんな人々を後方に見やりながら駐車場へようやく辿り着いた。先ず出迎えてくれたのが、運慶作と言われる 仁王像のある山門である。門をくぐってしばらくすると樹齢千年を越す杉や檜が立ち並び、その間から土佐や阿波の山々が見え隠れする。参道奥の本堂正面に は、左右に美しい白鶴像の彫刻が向き合って立っている。地元の人々に『鶴林寺』の事を別名『おつるさん』と呼ばれ親しまれている所以である。本尊は地蔵菩 薩で、国の重要文化財でもある。
本堂への急な石段を登る頃から、私は歳の離れた女性の二人連れが気になっていた。六角堂、護摩堂、太師堂での途切れ途切れに耳にした二人の会話と振舞いや 雰囲気から察するところ、実の母娘ではなく、どうも嫁と姑のようである。気の遣いようから見てもその判断は間違いなさそうである。私はそのあたりに腰をお ろし二人の様子を伺っていた。白装束に身を包み、適当な量の荷物を背負って歩き遍路をしている様子である。姑に続いて嫁が軽く会釈をして私の前を通り過ぎ ていった。私は瞬間その二人にこの遍路旅に出させるまでの数々のドラマを想定してみた。二人はきっとお互いの生命を削り合ってこの旅に出たのであろう。で も今は二人の表情はこの老樹に囲まれた『鶴林寺』の空気のようにさわやかで清々しかった。
人生の縮図の一端を二十番札所で垣間見た私は、二十一番札所『舎心山太龍寺(しゃしんざんたいりゅうじ)』へと静かに向かった。カーナビよりは道端にある 案内板を信じてロープウェイで登ることにした。ロープウェイの乗り場へ着くと午後一時を少々回っていた。私はそこの食堂で遅い昼食を取りながら今晩の宿泊 の予約をとった。
いよいよ明日からは"修行の道場"高知県・土佐である。