或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

香山草紙 エッセイ集


  36. お遍路日記VI

『焼山寺(しょうざんじ)』の興奮覚めやらぬまま二日目の朝を気分よく迎えた私は、十三番札所『大栗山大日寺(おおぐりざんだいにちじ)』に程なく到着し た。『大日寺』の御本尊は『十一面観音』である。開基は弘法大師。八十八ヶ所のうち、弘法大師の開基によるものが四十一ヶ所で最も多く、次いで行基による 開基が二十七ヶ所。天皇によるものも三ヶ所あり、後は役行者小角などによるものが十七ヶ所ある。
親しみのある『大日寺』から十四番『盛寿山常楽寺(せいじゅざんじょうらくじ)』までは十分とかからない。ごつごつとした岩肌に囲まれた『常楽寺』の御本 尊は四国霊場唯一の弥勒菩薩である。エンジンの温まる間もなく、第十五番札所『薬王山国分寺(やくおうざんこくぶんじ)』に着いた。お四国に来て最初の国 分寺である。四国のそれぞれの県には一つずつ国分寺があり、昔は随分と賑わったそうである。
第十六番『光耀山観音寺(こうようざんかんおんじ)』は町中にある。そのせいか近所の人々のお参りも多く、それらの人たちが唱える般若心経が快く響いてく る。私もその輪の中に入って、朝の挨拶を交わしながらぎこちなく読経をした。
お四国霊場八十八ヶ所の中には、弘法大師にまつわる様々な伝説がある。第十七番『瑠璃山井戸寺(るりざんいどじ)』は、この地の住人から水の悪さを訴えら れた大師が錫杖(しゃくじょう)で地をついたところ清水がこんこんと湧き出てきたそうである。それにちなんで『井戸寺』と名付けられ、その井戸は今も変わ る事なく豊富な水を貯えており、その水を飲むと寿命が三年延びるとのことである。第十八番『母養山恩山寺(ぼようざんおんざんじ)』に残っている伝説は、 弘法大師がこの地で修行している時に、母である玉依御前(たまよりごぜん)が尋ねて来たのであるが、当時この寺は女人禁制であった。そこで大師が十七日間 女人禁制を解く秘法を行ない、母君を寺の中へ招き入れ、孝行を尽くしたと云う話が伝えられている。『母養山恩山寺』という名称もそれらの伝説によるもので ある。
第十九番『橋池山立江寺(きょうちざんたつえじ)』は四国霊場にある関所の一つで、心掛けの悪い人は、この山門より先に進めなくなる、と云う言い伝えがあ る。私は無事進めてほっと胸をなでおろす。十九番まで順調にお参りを重ねた私は、難所中の難所とされる二十番から二十一番へ向かった。しかし昨夜のガイド ブックで知り得たにわかじこみの知識など、何の役にも立たない事を思い知らされ、予想もしなかった光景に出会うことなどその時は知る由もなく、少々浮かれ た気分になっていた。『立江寺』の山門をくぐったのは肉体のみで、精神はくぐれてはいなかったと云う事を、その後の旅でいやと云う程思い知らされるのであ る。