或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

香山草紙 エッセイ集


  32. お遍路日記V

四国最初の難所『焼山寺(しょうざんじ)』を後にし、暮れなずむ鮎喰川沿いに車を走らせ、本日の宿『うろこ』に着いたのは、午後の6時を過ぎていた。途中 車内から『うろこ』に少々時間が遅れる旨の電話を入れておいたのがよかったのか、宿のおかみさんも愛想良く迎えてくれた。
お風呂をすませ食卓につくと、既に一人老人がいた。相前後して二人の老人がやってきた。どうも今夜の宿泊客は私を含めて四人らしい。やがて老人同士が私の 頭越しに会話をし始めた。その会話から判断し中身を要約すると、
【先にテーブルについていた老人は勿論お遍路さんだが随分痩せこけていて、疲れがピークに達している様子で、食べ物はほとんど喉に通らず、お豆腐のような 柔かい物しか受け付けずビールで体力を持たせていると疲れきった口調で喋っていた。特に21番から20番までがきつく歩く度に内臓にズシンズシンときて、 命がつきる思いだった。(21から20とは読者は少々変と思われるかも知れないが、この痩せ細った老人は、以前に2回お遍路旅をしており、最初は団体バス ツアーでそのお心に触れ、2回目は定年後歩き遍路で巡礼し、今回で3回目だが逆廻り、すなわち88番から1番を目指しているので、21から20となる)  二人連れの老人は友達同士で、暇を見つけては気軽に2泊とか3泊でお遍路をこれまた歩いてしているらしく、今回で2回目の旅だが明日帰る予定で次はまた秋 頃にやって来ると言っていた。老人3人は、最近は自動車やタクシーでお遍路をする者が増えたらしいが、お遍路は少々きつくても歩くのに限る、で結んだ。】
車で遍路をしている私はとうとうその会話の中に入れず、出された食事を全部平らげ、満足して自分の部屋に戻った。寝具は既に用意されていたが、硬そうで、 重そうな布団が無造作に敷かれていた。私は早速宿題に取りかかった。一つは、日記を書く事、今一つは納札(本堂と大師堂の脇に納札を納める札入れがありそ こに納める時に納札に自分の住所と名前を書く。その都度書いていると時間がかかって困る)に自分の住所と名前を書く事である。日記には下手な絵と俳句など も織り交ぜてみた。納札は明日の予定分30枚ほど書いた。
重くて冷たい寝具だったが、翌朝快く目覚め、おいしく朝食を頂き、第十三番『大栗山大日寺(おおくりざんだいにちじ)』へアクセルを踏み出した。
今日は高知県まで行こう、晴れやかな気分でいっぱいだった。