或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

香山草紙 エッセイ集


  23. 初めて○○を食べた日~お好み焼きの巻~

今は殆ど見られなくなった光景だが、我々が小学生の頃、つまり40年位前には、半数近くの割合で、習字教室や珠算塾へ通ったものである。それは多分に、 『読み、書き、そろばん』を習うと云う風習が、日本古来の信仰に近い形で残っており、それ程裕福でない家庭でも子供たちに通わせたのだと推測される。現在 の軽薄な進学塾とは形態は似ているが、体質の上では全く違っていた。先ずおおらかさの面で異なっていたし、塾と云うよりは習字やそろばんは、或る種のコ ミュニティの場であったように思う。
私は現代の少年犯罪を含め、刹那的な物の考え方の根源は、進学塾とゲームにあると思っている一人である。勿論それらをこの社会に提供した、利益のみを尊重 する企業の責任と己の私利私欲を追求する大人達の責任の重大さは、計り知る事は出来ない。今、我々はその罪を償わされているのかも知れない。
私は習字の方は一ヶ月も続かなかった(そのお陰で大人になった今、象形文字のような字しか書けなくて後悔している)が、そろばんは興味を持ったのか以外と長い期間通ったように記憶している。
その日は冬の寒い夕方だった。いつものように『いとこ』と二人でそろばん塾へ行き、1時間程習いまた肩を並べて帰る途中、
「腹へったな、お好み焼き食べへん?」
といとこが私を誘った。
「お好み焼き?」
「お前食べた事ないんか?」
「ううん、食べた事あるけど、今日お金持ってへん」
と言うと、自分がおごってやると言って店の前に自転車を止めた。
今はそのお店は河川改修の為立ち退きになってしまったが、揖保川と云う川に沿うように建っており、母娘2人で営んでいた。いとこは顔なじみのようで間合い よく注文をし、私もそれにならった。母親の方が大きなコテを巧みに操り、手際よく焼き上げ、ソースをたっぷりかけ鰹節を振りかけた。私はいとこが食べるの を横目で見やりながら、それに気がつかれない様に、もう何回も食べているのだ、と言わんばかりの態度でまねをしながら一口食べた。
『ええ、こんなおいしいものがこの世の中にあったのか。見た目は"ながし焼き"に似ているが、味は似ても似つかない』
一週間後、なけなしの小遣いから代金の20円をいとこに払った。私はこのいとこだけには負けない、とその時思った。いとこも二代目で会社を経営している。