或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

香山草紙 エッセイ集


  19. またまた猫について

私の朝は早い。5時半起床。朝食を済ませた後、約40分、距離にして3kmを散歩をする。7時過ぎに車のエンジンキーをまわし、8時には姫路の本社に着き、玄関のカギを開け、セコムを解除する。ここ5年程ほとんどそのパターンは変わっていない。
が、しかし2年前から或る重要な出来事が一つ加わったのである。
朝食の後、私が洗面所で歯を磨き出すと、どこからともなく、例えば2階の家内の寝室にある整理ダンスの上で死んだように眠っていても、今は家内の作業場 (パッチワーク)になっている和室のダンボール箱の中でうずくまっていても、玄関脇の小窓の枠の上で遠くを見つめていても、テレビの上で気持ち良くうす眼 をあけてこちらを見ている時はもちろん、足音を忍ばせて、私の足元にまつわりついてきて、私の顔をうかがうように、上目使いで、
「まぁ~」
と、鳴く。
何故、「にゃあ」ではなくて「まぁ~」かと言うと、幼児言葉で家内が、食べ物の事を「まんま」と我が家の猫、すなわち「カーコ」に教えてしまい、普段は 「にゃあ」だが、食べ物の時のみ「まぁ~」と、いわゆる猫なで声を発するのである。
「まぁ~か、そうか、そうか」と言いながら、私は嬉しそうにいそいそと台所へ行くと「カーコ」も勿論付いて来る。流し台の下にある扉を開け、そこから『いりじゃこ』を数匹取り出し与え、
「ありがとうは?」
と私が話しかけると、「カーコ」は私の手の甲に何度も何度も・・ほほずりをする。「どうぞ」と言うと一心不乱に食べ始める。その後姿に何とも云えない哀愁を感じる。私は思わず背中をなでてしまう。
でもその瞬間だけである。私の願いを聞き入れてくれるのは。夜寝る時、私が抱えて布団の中へ連れていっても、せいぜい3分から5分程である、一緒に居てく れるのは。「カーコ」と呼んでも、5回に一度も私の元に来る事はない。
明日も5時半に起きるであろう。そう云えばいりじゃこが少なくなっていた。家内に買っておくように頼んでおこう。