或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

香山草紙 エッセイ集


  99.歌舞伎鑑賞

後2ヶ月もすると、京都の南座に『まねき』が上がる。顔見世の時期である。もう10年以上、余程のことがない限り観続けている。顔見世を観るために師走の都大路を訪れると、「ああ、今年も終わりだなあ」という想いに浸る。
これからは全く私見であり、知識不足で所々辻褄の合わない箇所があるかもしれないが、ご容赦願いたい。
歌舞伎と言えば、私はいの一番に『団十郎』を挙げる。そもそも『歌舞伎十八番』と言うのは、『団十郎』すなわち『成田屋』の出し物から選定された十八の演目のことだから、歌舞伎の今日までの歴史に順番があるとすれば、『出雲の阿国』に次ぐ順位になると思う。
現在の『団十郎』は十二代目になる。病も回復し、元気で舞台を勤めている。彼の『助六』は、何と言っても絶品である。紫の鉢巻と黄色の足袋は、『成田屋』 が最も似合う。今までに色々な役者の『助六』を見たが、これだけは他の役者に演じて欲しくないと思っている。あの粋さは『団十郎』でしか出せない粋さであ り、他の役者では無理である。上手とか下手とかの領域ではなく、代々引き継がれてきた『団十郎』のDNAとしか言い様がない。
一方『玉三郎』は、この世のものとは思えない。あれはまさしく化け物であり、女以上の女形である。三浦屋の『揚巻』といい、『籠釣瓶花街酔醒(かごつるべ さとのえいざめ)』の『八ツ橋太夫』といい、身震いがしてしまう。『玉三郎』の『八ツ橋太夫』が艶やかな花魁道中をしながら登場し、田舎者の『次郎左衛 門』にほんの一瞬ニッコリと笑うくだりがあるのだが、あの眼で見られたら、『次郎左衛門』でなくとも逆上せあがってしまう。
今、歌舞伎界で踊りだけで人が呼べるのは、『玉三郎』だけである。一度『玉三郎』の踊りだけの舞台があり、必死の思いでチケットを手に入れて見に行った が、観終わった後も2~3日その余韻に浸ったものである。『藤娘』は勿論、『鷺娘』の最後に紙吹雪の中で息を引き取っていくシーンを、今でも時々夢に見る くらいである。
(次話へ続く)