或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

或る二世経営者の挑戦


第三部 ~すべてはお客様のために~


第一章 寝耳に水

私は自分自身の耳を疑った。私は話の内容が全く理解出来なかった。メーカーであるロイヤル住宅産業の上田社長の言っている意味が解らなかった。何か遠くで ぼんやり音楽を聞いているようだった。私は従来のロイヤル住宅産業はそのままメーカーとしての機能を残したまま、ブランド名であるサンホームをそのまま使 用し、新たにサンホーム株式会社と言う会社を設立し、我々はその傘下に入るのかと思った。よくよく理解をしようと意識をして聞いたり、質問もいくつかして やっとその全貌がわかった。ロイヤル住宅産業から社名をサンホーム株式会社に変え、協業会社と言う呼称はなくし販売会社とし、他は代理店とショップ店とす る。と同時に支社支店制度を導入し、今存在する協業会社は25社程度になる。その時期はこの10月だと言うのだ。忘れもしない2002年3月25日の出来 事だった。期末のあわただしい時期に全国の協業会社の社長達を呼び集め、緊急会議と名を打って発表したのがこの内容だった。正しく寝耳に水であり、我々サ ンホーム協業会社にとってある種クーデターのごときであった。否も応もない、午後から記者発表をするのと言うのである。我々は言葉も失い、文字通り北は北 海道から南は九州沖縄までの協業会社の社長達は、それぞれの地へ帰っていった。
それから3年の月日が経とうとしているが、私は今でもあの時の決断は間違っていたと思っている。先ず事業ドメインが三つも出来てしまったのである。一つは 本来のメーカーとして、もう一つは我々煩い協業会社(2年がかりで協業と言う名前だけは復活させた)をマネジメントすると言うドメイン、今一つは最も厄介 なビルダーとしての事業である。小さな本社を目指し、メーカーとしての分野に徹すればよかったのである。それだけで充分売上も伸びるし、ましてや収益とも なると格段に望まれる筈である。それを裏付ける事実として、今サンホームはビルダーとしての完工数字を含めても、高々2800億ほどであり、利益にいたっ ては限りなくゼロに近い。以前メーカーとして我々に部材を売っていた頃は、売上は確か4000億近くあって、利益は350億くらいだったと記憶している。 集中と選択と言う基本的な戦略を間違えてしまったのである。
これは後になって判明したことだが、新体制は表向きは販売戦略だったが、その実は財務戦略だったのである。多くの協業会社の経営の実態は逼迫していたのは 事実であるが、それにしても600億近い資本を投入して採るべき戦略ではなかったと思う。最近サンホームの上田社長がお見えになられたとき、今一度道州制 のような形をとった協業会社制度の復活は考えられませんかと、尋ねたがその意思はなかった。今現在協業会社は全部で18社になってしまった。そのうち二重 丸は3社で、まあまあが10社で残りの5社は少々頼りないのが現状である。ついでに上田社長に、多少エネルギーとお金は要りますが、全ての協業会社を支社 か支店にされるお気持ちはありますかと、尋ねたがこれもその気はないとのことだった。大変時間とエネルギーがかかる厄介な道を選択されたと多少同情するが (ブレーンのなさと言う意味において)、我々は出来る限り業績を伸ばしていくしかその選択に応える方法はないようである。
その年(2002年)の連休明けに上田社長から電話があり、当社へ伺いたいとのことだった。用件は以下のとおりだった。この度取締役会の充実を図るために 執行役員制度を導入し、より一層企業コンプライアンスを確立したいと思っている。取締役の人数も8人に減らし、社外取締役制を新に設けようと思う。ついて は北見さんにその社外取締役になって欲しい、と言う依頼だった。私はこれも自分の耳を疑った。サンホーム兵庫よりもっと業績のいい会社はいくらであるのに 何故私にですか?と聞いたが、地の利とか私がクリエイティブだとかおっしゃって、明確な理由はなかった。私が推察すると、私はまあまあ大人で様々な意見は 持っていると思うが上手に表現してくれるだろうし、他の協業会社の社長にもそこそこ信頼があるし、上手く調整してくれると言う思惑があったのではないかと 思う。ともかく私は一部上場会社の社外取締役に、その年の6月の株主総会で正式に承認され就任したのである。
先ず最初に戸惑ったのは議事録には署名捺印はするのだが、その議事録の写しも手元にいただけないし、毎回そうだがその当日席(正面上田社長、向かって右か ら阿山代表取締役専務執行役員、野田取締役常務執行役員、田上取締役常務執行役員、芳川取締役常務執行役員、小野取締役常務執行役員、向かって左から今井 社外取締役(ロイヤル電工会長)、北見社外取締役、横田常勤監査役、小林常勤監査役、菊池常勤監査役、村上常勤監査役)に着くまで議題も分からないし、会 議の資料も持ち帰れないのである。そのことを不満に思い質問すると、商法で決められていて社外に持ち出すことが禁止されているとのことだった。極端に言え ばその時その時瞬時に判断して、イエスかノーを言わなければならないのであり、何が議題だったか何が決定されたかは記憶しておくしかなかった。故にそれは 不可能であり、而して取締役会議はセレモニー的な感が私の中で強くなっていった。事実取締役会議で私が就任中の2年間で否決された案件は一つもなかった。 でも一方では学ぶことも多くあった。株式会社とは本当に公のものであり、透明でなくてはならないことを身に沁みて理解できたし、一部上場会社の株主式総会 に三度も主催者側として出席する機会を与えていただいたことも、私にとっては大きな収穫であった。私の人生において二度とあり得ない貴重な経験であった。 私は決議事項には殆ど参加できなかったが、現場を預かる責任者としての立場から幾度か提案事項と称して、様々な意見具申をさせてもらった。それも今は私の 思い出であり誇りでもある。私みたいな者を選んで頂いて、上田社長に個人的には大いに感謝している。
サンホーム株式会社の大株主はロイヤル電器とロイヤル電工で、それぞれに27%づつ所有している。その当時まではロイヤル電工の子会社で連結対象だった。 しかしご存知のとおり、ロイヤル電器がロイヤル電工を子会社化したのを契機に、サンホーム株式会社はロイヤル電器の連結対象子会社になってしまったのであ る。ロイヤル電器の意向が働いたのか、社外取締役は無用と言うことになり、私と今井氏は2004年の株主総会で辞任した。役員報酬は最低の額でと、社長に お願いをしていたにもかかわらず、規定の額にプラス功労金まで含めた退職金を頂いた。私と上田社長の経営スタイルは決して似ていないが、私を実力以上に評 価していただいたと、少々面映い限りである。私はこれからもお客様と社員を中心にした経営を進めていくつもりである。それを貫くことが業績向上に最も近道 だと信じている。そしてそれがサンホームの業績に少しでも寄与できれば、それが私を評価していただいた上田社長への恩返しになると思っている。

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