或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

或る二世経営者の挑戦


第二部 ~豊かさと自由を求めて~


第三章 真夏の決断

中国に《泣いて馬謖を斬る》と言う諺がある。(馬謖とは、中国の三国志時代に蜀の劉備の下で活躍し、劉備亡き後も幼帝を助け孤軍奮闘した、あの諸葛亮孔明 が最も信頼し重用し、自分の後継者にとまで思っていたたほどの武将である。その馬謖が孔明の命令に違反し、戦略を誤り街亭の戦いにおいて魏軍に大敗し、中 原攻略の雄図が崩れ去ってしまうのである。ために孔明は馬謖を斬罪に処すのである)まさか自分自身がそれに近いことをする羽目になるとは思ってもいなかっ た。私はこの半年の間に、さまざまな形でシグナルを送り続けたのである。
例えば毎月の方針発表会を利用し、この《泣いて馬謖を斬る》と言う諺や、《天網恢恢祖にしてもらさず》を引用したりして、本当は或る2人に語ったのである が、彼らはまるで他人事のように聞く耳を持ち合わせていなっかた。また高い費用と貴重な時間を割いて役員を対象にした研修を行ったが、本当に要領よくその 2人は切り抜けていった。私は"その時"を待った。
山脇部長の"その時"は余りにもショックが大きすぎた。当時彼の部下で現場監督をしていた安田課長が、業者と結託し、あるいは恐喝まがいの手口で、10年 以上のながきに渉ってバックマージンを取っていた事が、業者からの悲痛な訴えで判明したのである。私は、田丸常務と当時リフォーム事業部長の大西(今現在 ㈱リフォーム兵庫の社長)に、安田課長を缶詰にし徹底的に調べるように命じた。その取調べは三日三晩に及んだが、結局のところはっきりとした被害総額は分 からなかった。1億近かったことだけは確かだった。主な使い道は博打(マージャン賭博)と女だった。勇気を振るって申し出た業者はほとんど被害者に近かっ た。その業者には、安田課長の退職金の中から百万円を見舞金として持って行かせ、我々の申し出に協力しなかった灰色の業者は直ちに切り捨てた。
安田課長の事情聴取をしていくうちに、さまざまな出来事が明るみに出て来た。その中の一つとして山脇部長がらみの事柄が判明したのである。調査が進むにつ れて限りなく黒に近い灰色であることが分かった。山脇はこの15年の間、良きにつけ悪しきにつけ私と様々なドラマを演じてきた間柄だった。前著『或る二世 経営者の挑戦』の中にも度々登場し、例えばアパート事業の展開とか、○○君お前もか?の山脇である。彼は仕事は出来る。業績のことだけを考えるなら、サン ホーム兵庫にはなくてはならぬ人物である。アパート部門のことは全面的に任しておいてもまったく心配は要らない。しかし彼のやったことは私の全く嫌いなこ とだった。私は、馬謖を斬る決断をした。但し、使途に多少同情の余地があったので、
「山脇、何も言わずに新光住宅産業に行ってくれ。その理由はお前が一番よく知っていると思うが、心当たりがないならそれはそれでいいが、私の口からは言わ ない。言ってしまえばこの様な事で済まなくなる」と言った。彼は腑に落ちないようだったが、
「またサンホーム兵庫に帰れますか?」と尋ねた。
「それはあり得ない」と、きっぱり答えた。
「新光住宅産業で頑張ります」少々寂しげに、私の部屋から去っていった。
熱い8月の午後だった。
《影の声。親愛なる私のお父様へ。もし何かの機会でこの戯言の書物を読むことがあれば、と思い書き記します。もういい加減に目を覚まして欲しいと思ってい ます。あなたが最も信頼している娘婿の高橋君は、あなたが思っているような人物ではありませんよ。これは告げ口でもなんでもありません。安田の取調べ中 に、彼が全部言いましたよ。武士の情けでその時は貴方に報告しませんでしたがね。高橋君はおそらく今でも週のうち3日から4日はマージャンをしています よ。それも昼の日中から。ええ、場所もわかっていますし、後になって安田は高橋君に呼び出されてこっぴどく汚げに怒られたと、言っていました、余計なこと をべらべら喋ってと。そのメンバーの1人が安田であり山脇なんですから、確かな事です。その娘婿にあの土地を贈与(形式的には金融機関からの借り入れを興 して売買のような形態になっているが、実質的には貴方からの贈与です)するなんて、なんてお人好しなんでしょう。私は貴方の財産など何一つ欲しいなんて 思っていません。ただ、貴方を儲けさせたサンホーム兵庫のビルと、貴方と共有名義になっている、ゴルフセンターだけは私が貰います。少し冷静になって考え てみてください。貴方が元気な時は貴方から離れないでしょう。特に貴方が亡くなって御覧なさい、ただの一度だって貴方のお墓に手をあわすことは、あの夫婦 はあり得ませんよ。だってエホバなんですもの。耳障りの良い事を言う人だけが、良い人ではありませんよ。そんなことちょっと前の貴方なら分かっていたはず でしょ。どうしたのですか?と私は言いたいが、それも時の流れなら致し方がない事です。もう止めますが、最後に言っておきます。彼は打算でしか動かない男 です。何もかも計算し尽くして行動する男です。だから計算外の出来事にはめっぽう弱いのです》
一方、井上常務の"その時"は作ればよかった.。9月度の方針発表会の後彼を応接間に呼び、
「最近の君の健康状態を考えるとき、このままでは心配である。どう見ても通常の業務は無理なような気がする。だから君にこの10月から相談役になってもら いたいのだ。是非承知して欲しい、もちろん待遇面は今のままでと、考えている」声は小さかったが、はっきり言い渡した。
「解った、全面的に従う」と言ってくれた。
山脇部長は私が一時的にせよ後継者の1人と考えた人物であり、井上常務は前著『或る二世経営者の挑戦』の中の"今の僕の大いなる悩み"にも詳しく書き記し ているが、私と彼は同級生で高校こそ違ったが、小学中学も一緒で、私が富山町役場に勤務していた彼をスカウトしたのである。今はどうあれこの柵を断ち切れ ないものがあった。大変辛い寂しい決断だった。
そして2年が経過した現在もまた同じ人物に、2回目の決断をしなければならなくなっている。これも社長の主な仕事のひとつである。本当は行いたくないが………

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