或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

或る二世経営者の挑戦


第二部 ~豊かさと自由を求めて~


第三章 "播磨プレハブ住宅推進協会"って何?

以前Sハイムの社長が永きに渉って会長をしていた『姫路プレハブ協会』という団体があった。その団体は性質上やむを得なかったのだが、行事と言えば年一回 のゴルフコンペと新年会位なもので、完全な親睦団体であった。単なる親睦に自身の時間を割かれるのは私の最も好むところでないので、その方面のお付き合い は井上常務に任せていた。が、ある時そうも言っておれない事態が発生したのである。
この姫路地域にもう一ヶ所総合展示場を作ると言う計画が持ち上がり、今まさに『姫路プレ協』として賛同せんとしているとの報告を受けたのである。これは当 社にとって由々しき問題であった。何故かと言えば、その時期当社は財政的にも経営的にも余り良い状態ではなかったので、出展するのには少々無理があった。 しかしそれを表面に出すと他のメーカーに甘く見られるし、気取られないようにこの計画を壊す必要があった。「地の利が悪い」とか「この狭い地域に二つも総 合展示場は不必要だ」などを理由に挙げ反対を唱えた。Dハウスがすぐさま賛同をしてくれた。その時最もやりあったのがSハウスだった。
『たまにしか出てこなくて偉そうに文句ばかり言うな』とSハウスのN支店長が言った一言が、私をこの団体に引き込む要因になったのである。「姫路プレ協」 としては参加しないが、個々に対応する事はやぶさかではない、と言う結論になった。更にその結末を言えば、もめたその総合展示場は、会期の満了を待たず3 年で取り壊す事になった。そして今は(2000年)それぞれに特徴のある二つの総合展示場が立派に存在し運営されている。
SハウスのN支店長の言葉に反発を抱いて、「姫路プレ協」に顔を出すようになってからも、私はある種の不満を持ち続けていた。それから3年ほど経過した頃であろうか、当時の会長だったS氏に呼び出されて、
「私は来年の3月には定年になる。しいては北見さんに次期の会長をお願いしたい」と言われた。細かな経緯は省略するが、多少の紆余曲折の末お引き受ける事 にした。私は日ごろ抱いていた構想を実現する時が来たと実感し、すぐさま行動に移った。
私は以前にメーカーの会長が、日本プレハブ協会の会長に就任されると聞いて、プレハブ住宅全体の占有率を上げる為に何かして欲しい、とお願いをした事が あった。会長は出来ない理由をならべられた。私はその時から燻っていた思いをこの地域で実現する時が来たと直感した。前会長に相談をすると、『北見さんの 思う通りにして下さい』と言って頂いた。この計画を実現し、成功させる為には、SハウスとDハウスの理解と協力が不可欠だった。すぐさまSハウスとDハウ スの支店長に連絡を取り、
「我々プレハブ住宅が勝ち残っていく為には、プレハブ住宅全体のシェアーを上げるしかないと思うのです。SさんやDさんだけが少々業績が良くても少し長い スパンで見れば、長続きはしないと思うのです。大変失礼ですが。そこで今ある団体、即ち姫路プレハブ協会を何とか活性化できないものかと考えたのです。七 社が共同で企画し、幅広い広報活動を通じて、この播磨の地に住宅に関する啓蒙運動を展開する事により、地域住民の方のマインドシェアーを高め、安定した業 績に結びつけられると思うのです。ええ、私は最終的にはこの地域で七社全体のシェアーを50%にまで高めたいと考えています。分かっていますよ、第一線で は熾烈な争いをしている事くらいは。やはりパイを大きくしなければと、思うのです。それにお客様にとって我々七社のうちいずれかを選ばれると言う事は、最 終的には安心であるし、究極の(C・S)に繋がると思うのです」私は熱っぽく語った。
両社の快い理解と協力を得た後、早速七社全員に集まってもらった。その席で私は趣旨説明と今後の展開について語った。本当に信じられない事だが、各社誰一 人の反対も無く賛同して頂いた。こうして『姫路プレハブ協会』は新たに『播磨プレハブ住宅推進協会』として生まれ変わったのである。1997年の1月の事 である。
『競争的共存』と言うコンセプトのもと、プレハブ七社(Aホームズ,Sハイム,Sハウス,Dハウス,サンホーム,Mホーム,Hホーム)がこの播磨の地域で シェァー50%を目標に掲げ、"播磨プレ協"の活動も今年で4年目に入った。2年目には各社の営業マン全員に集まってもらい、私が約1時間ほど趣旨や目的 について語った。様々なパンフレットも作り、毎月1回は必ず現場のマネージャークラスの方に集まってもらい企画会議を行ない、その結果に基づき広報活動を 展開している。1年に2回、七社合同で一斉に現場見学会も開催している。その間金銭的には勿論、時間的にも精神的にも多大なエネルギーをご負担して頂いて いる。何とか目に見える成果に結び付けなければと思っている今日この頃である。
 当たり前の事だが、このような組織は日本全国どこに行っても存在しない。私はもう少し大きな事を実は狙っている。この"播磨プレハブ住宅推進協会"の活 動を成功させることにより、全国にこのようなコンセプトを持った組織体が出来、それぞれに活性化すればプレハブ住宅の未来はどのような時代が来ても明るい と、真剣に考えているのである。それは見果てぬ夢かもしれないが、持ち続けたい夢でもある。

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