或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

或る二世経営者の挑戦


第二部 ~豊かさと自由を求めて~


第二章 悪女と手を切る時

私が気がついた時、救急車の中で仰向けに寝ていた。確かに気分が悪くなり、布団の中から抜け出て階段を降りトイレに向かったはずなのに、どうして救急車の 中にいるのか意識として理解するまでに少々の時間が必要だった。後に女房から聞いて知ったことだが、トイレまでも辿り着けず洗面所のフロアーの上に倒れ、 その床一面に血を吐き、気を失って倒れていたのだそうだ。女房は私の頬を平手で叩き、気を取り戻させ、次男を起こして私を洗面所から2人で抱きかかえて居 間まで運び、『救急車を呼んでもいいか?』とか『気は確かか?』等会話をしたというのであるが、全く覚えていない。5年前、7月の日曜日、早朝の出来事で ある。
実はこの出来事が起きる1ヶ月前頃から、例の症状、所謂胃潰瘍の自覚症状があった。辛抱できなくなり、自宅近くの病院へ行き、死ぬ思いで胃カメラを呑み、 潰瘍が出来ているのを確認し投薬の最中だった。女房もそれを知っていたので慌てることなく、わりと冷静に対処できたそうである。
即入院で、その日は約1,000cc程輸血をした。会社の幹部達が心配そうな顔をして駆けつけてきたが、逆に私は大丈夫だから、『しっかり仕事をするよう に』と、『外部に漏らさないように』と付け加え追い返した。明くる日また胃カメラを呑み、そのカメラを見ながら私の主治医である女医が出血している部分 に、カメラと連動させたワイヤーの先に取りつけた注射器で、止血剤を3,4回打ったのである。その痛いこと痛くないこと、針の先が胃袋を突き破って腹部の 表面まで届きそうな感じであった。涙と涎と汗で、顔は勿論着ているパジャマも汚れてしまった。
その瞬間悪女と手を切る決心、つまり煙草を止める決意をしたのである。1週間の絶食の間に見た夢はすべて食べ物の夢だった。それもフランス料理とか、和食 の会席とか、海鮮料理のフルコースではなく、おでんやカレーライスやうどんばかりであった。やっと口にしたおもゆの美味しかったことを今も忘れる事はな い。食べられることへの感謝を、あの時程身にしみて感じたことはなかった。
女性でも男性でも同じであるが、一緒に食事をすると大体その人となりというか、生きる姿勢が解るような気がする。数えて4代目に当たり私の秘書的な仕事も (今現在平成11年4月からは正式な秘書がいる。この事については後述すると思う)していた女子社員と同僚の女子社員3人でカレーライスを食べに行った時 の話である。その2人ともが3分の1くらい残したのである。たかがカレーくらい、と思うなかれ。その店のカレーは十人が十人とも『美味しい』と言ってきた し、ましてや残したりした者はただの1人も過去にはいなかったし、また将来もないと断言できる。それまでは、私もその2人はそこそこ優秀でいろんな仕事を させてみようかと思っていた矢先の出来事だった。私はその出来事を契機に、少し冷静に特に秘書的な仕事をしているほうの女子社員を見るようになった。する と今まで見えなかった物が見えるようになり、その後彼女は私にとって決定的なミスを犯してしまい、信頼を失うことになり、私に正式な秘書を置く決心をさせ ることになったのである。今は普通の女子社員として余り得意でないと思われる経理課で働いている。また箸の持ち方、品のない食べ方、まだ残っているのに次 から次へとオーダーする人、他人のおごりなのに平気で『まずい』と言う奴。いろいろである。当たり前の話だが、何でも美味しいと言って残さず全部食べるの は気持ちの良いものである。
夏の暑い間約3週間ほどを病院で過ごし、退院をした。1週間自宅で簡単な社会復帰の為のリハビリを行い、会社に戻った。翌9月には早々と快気祝のゴルフコ ンペを開催し、120人くらいが参加してくれた。出社するや会議とプロジェクトミーティングは全て禁煙にし、陰で大いに不評を買ったと思っている。それか ら3年後に、隣接した土地が買え、次いで自社ビルを増築したが、それを機に全館禁煙にし、喫煙者にはスモーキングエリアを設け、そこでのみ喫煙を許してい る。勝手と言えば勝手だがアメニティは高くなったと思っているし、女子社員からは感謝されていると自画自賛している。また幹部達も煙草を止めるものが多く なり健康の面においても役に立っている。
とにかく今はあの忌々しい悪女と手が切れほっとしている。不思議なことに一度も逢いたいとも思わないし夢も見ない。勿論誘惑もない。多少高くて痛い手切れ金だったが5年の歳月が経った。

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