或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

或る二世経営者の挑戦


第二部 ~豊かさと自由を求めて~


第一章 研修総括

想像もつかなかった出来事について記すのは次の章にするとして、研修について私の考え方を纏めてみようと思う。
ここで云う研修とは企業内研修と考えて頂きたい。大きく分けて、社内研修と社外研修に分けられると思う。そのルーツを辿ってみると、もう25年以上も前になる。
社内研修の最初は新光建設時代に、25歳~30歳までの主任か係長クラスを対象にして行なった『青年社員研究会』だった。教材は松下幸之助の商売心得帳を 使用したと思う。その研究会にメーカーの勉強会で知った『池辺先生』や『高橋先生』に来て頂いて、講演会方式で行なったこともあった。また、地元の企業と 合同で、今で云う異業種交流みたいなこともしたことがあった。多分、今から察すると恥ずかしくて他人に語れるようなものではなかったが、その時はその時で 真剣に取り組んでいたと思う。『青年社員研究会』と平行して『コストダウン研究会』と言う、直接業務に関係した勉強会も行なっていた。これは今現在当社に おいて数々のプロジェクト(そのプロジェクトについては、どこかの章で詳しく述べようと思っている)が動いているが、その前身になっている。
その後それらの研修は、前著にも書いたと思うが私が岡山に新しく営業所を創って、2年間営業所長として赴任したり、その経験を生かして明石営業所の新設に 駆け回ったりして、急に身の回りが忙しくなったものだから、それに託けてとぎれとぎれになり、いつしか消滅してしまった。次の社内研修となると、ボロボロ の状態になった新光ロイヤル住宅に私が来た、昭和58年,59年まで、約10年飛ぶ事になる。そこで私は大塚先生と運命的な出会いをするのであるが、詳し くは前著に記しているが、一言で言うなら目標の大切さを教えて頂いた。それまでも、それ以降も色んな講師やコンサルタントと知り合いそれぞれに影響を受け たが、今でも逢いたいと思う先生は、大塚先生と水口先生の2人しかいない。
次いでSMI研修となるのであるが、これほどお金と時間を使い成果の上がらなかった研修はなかった。これは多分に我々に責任があったと今でも反省している が、食材は新鮮で美味しい物だったが、料理の仕方や食べ方を知らなかったのか、或いは道具は素晴らしくて能く切れるのであるが使い方を知らなすぎた、我々 の無知さ加減にその原因があったと思っている。
SMI研修に懲りたのか、それから3年以上社内研修は行なわなかった。色々と紆余曲折はあったが、次に取り入れたのが今日、戦略の骨(魂は他にある)に なっているCSを基本としたサービスマネジメント研修だった。この研修はビジネスコンサルタント社のプログラムの一つで、担当した講師と私は妙に気が合 い、大いに成果が上がった研修だった。後にこの講師は同社を辞め独立した。それを境にビーコン社とあまり上手くいかなくなり、その後も何回か社内研修を行 ない、その度にコンサルタントが来たが、それぞれに優秀ではあったが所謂私と我社と合わなくて、今ではご遠慮頂いている。
それらと平行して現在では、サンホーム兵庫の全従業員の共通言語にもなっているのが、『タイプ別カウンセリング営業研修』である。だが完成の道はほど遠 く、富士山で云うなら5合目といったくらいである。思えば私も、女房の言を借りる迄もなく、最近は随分気が長くなったものだとつくづく思う。企業経営も研 修も当に忍耐である。
研修の目的は勿論企業の業績の生成発展にあるのだが、ノウハウ物や方法論や命令口調で上手くいくほど、企業経営と云うものは甘くない。なにせ宇宙から授 かった尊い生命を持ち、何十億年もの間、受け継がれてきた神をも冒しがたい魂を持った人間が、必然という巡り会いの中で織り成すドラマが、集団や組織の持 つ特性であり、それらの集合体が企業なのだから、小手先ではどうにもならないのである。少々遠回りと思われるかも知れないが、企業理念や組織のミッション を、人間としての生き方や哲学を通じて確立し、出来るだけ多くの価値観を従業員と共有して行くほうが、結果的に早道だと私は思う。
話を続けよう。最近行なった研修に取締役を対象にした研修がある。これは1回きりと思って実施した。目的は二つあった。一つは取締役として適性かどうかを 私だけなく、出席したメンバー全員に相互に判断させ、同時に本人に自覚させる為であり、今一つは、その中に唯一取締役以外の部長を1人参加させていたので あるが、その人物の評価をするためだった。2ヶ月間に計6回、朝9時から夕方6時まで行なった。その効果は充分だった。半年後に、事実上2人の役員には辞 めてもらい、部長は取締役にした。
一方社外研修について簡単に記しておこう。順序は多少前後するかもしれないが、記憶を辿ってみると、最初は経営数字の見方や分析方法の勉強に大阪まで、吉 田専務(現新光住宅産業(株)相談役)と一緒に半年間通った。銀行の主催で産能大が行なった、今で言うならビジネスゲームにも参加した。PHPの経営道セ ミナーにも行った。田辺経営の講演会にも人の勧めで、京都国際会議場までわざわざ出かけたこともあった。ありとあらゆる講演会に時間の許す限り出席したと 思うが、殆ど覚えていない。社外研修の目的は二つある。一つは勿論新しい知識を得るためであり、今一つは自分が現在採っている戦略戦術が間違っていないか どうか、確認する為である。また悪い点も二つある。一つは、なまじっか権力を持っている者が講演などを聞いて、自分に都合の良いことのみを持ちかえり、だ れだれ先生もこう言われた、私の考えと全く同じだ、と深く理解もせずに当然『合う合わない』なども考慮せずに、ただ闇雲に導入してしまうことが往々にして ある。これはもう悲劇でしかあり得ない。次の悲劇は、次長か課長クラスがある研修に行ったとしよう。会社へ帰り「部長、今回の研修は大変素晴らしかったで す。是非我社も取り入れるべきです」部長曰く、「何それ?そんなもの何年も前にやってみた。だめだめ」報告を詳しく聞かないで、充分検討もしないでそれで 終わりである。部下もそれっきり何も言わない。費やしたお金と時間だけが残る。
メーカーが行なった研修で一つだけ印象に残っているものがある。『NT会』と云う勉強会である。N=next,T=top,つまり二世経営者を対象にした 研修で、当時の有川専務の肝いりで、約半年間程続けられた。そして一生忘れられないのが『STM研修』である。(詳しくは前著STMで眼から鱗が落ちたの 項参照)
私には自慢出来ることが二つある。ゴルフが上手いことと、社内研修の講師が出来る事である。ゴルフの事は後述するとして、講師については知識とかノウハウ もの以外の分野なら、多分対応出来ると思う。事実社内で様々な研修をやってきたし、現在も社内外を含めて五つのプロジェクトを持っているが、これも一種の 研修であり、多少自慢話になるかもしれないが、私の替わりが出来る者はいないと思っている。後十年は経営の第一線にいるつもりである。その間この経営スタ イルを変えるつもりはない。がしかし、本音の部分では、常に最悪の事態を想定しびくびくしながら経営を行なっているのだから、本当に企業を経営すると云う ことは難しいものである。逃げられるものなら何もかも投げ捨てて逃げ出したいと、思うこともしばしばである。所詮人間は弱い者なのである。

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