或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

或る二世経営者の挑戦


第一部 ~君は父親を越えられるか~


第三章 ゴールは決まった!

丁度1年前だった。日経新聞にこんな記事が載っていた。任天堂ついに松下電機を抜いてトップに!詳しく読んでみると、任天堂は半期で800億の経常利益 で、松下電機は600億の経常利益であり、通期でも松下を抜き、電機業界でトップになったのである。その時は、ふうん、そうか、程度にしか思っていなかっ たが、1ヶ月程して、ある雑誌を見ていると、同じ記事が載っていた。私は、あっと、驚いた。任天堂の総社員数は、800人なのである。それに比べて、松下 は10万人を優に越えている。なんと、任天堂の利益は、1人当たり4億なのである。一方松下は120万である。抜いたとか、トップになったとかの次元の問 題ではない。比較の対象にもならない。
経営は、ゴールのないマラソンだと言われている。しかし私は、この10年ゴールを求め続けていたのである。我が社のゴールを何処にすべきか、言い換えれ ば、このサンホーム兵庫における自分自身のゴールを模索していたのである。解り易く言えば、私が経営している期間内に、どの時点で後継者に譲ればいいの か、を考えていたのである。その重要課題に、任天堂は明快な回答を示してくれた。
私は[50人で200億の売上]をゴールと決めた。まだ100億も達成していないこの時期に、と笑われそうだが、私の頭の中では、100億は既に達成して いるのであり、単なる通過点である。とりあえず、150人で100億円企業の仲間入りをし、サンホーム兵庫における企業経営者としての、私の最終目標は 50人で年商200億に決めた。ゴールが決まれば後は簡単である。先ず、その時期だが、平成8年度が100億だから、それから10年後の平成18年度、す なわち、西暦2005年に達成する。そこで社長を誰かに譲り、2年程会長をさせて貰えばいいと思っている。50人の内35人が営業である。販売は絶対自社 でしなければならない。特約店とか、販売店など作る気持ちはさらさらない。5人が工事管理者で、5人が設計技師で、残りの5人が管理部門である。販売のみ 自社で行い、後はすべてネットワークで業務を進めていけば良い。○○工務店でもいいし、○○デザイン事務所でも構わない。○○サービス会社も要ると思う。 希望があれば、株式を出資して、別法人を作り、暖簾分けをしても良いと思っている。とにかくたくさんの社長が出来ればいいのである。
その為には、どうしてもくぐらなければならない関門が三つある。一つは、35人で200億売る営業マンの育成と、システム作りである。システムはその都度 考えつくと思っている。今からは準備出来ない。せいぜい現在のシステムで有効的に働く可能性があるのは、FNA戦略くらいである。35人で200億と云う 契約を上げるのは大変そうだが、冷静に考えれば実現可能な数字である。1人当たり年間6億受注すればいいのである。13年後ならば、おそらく1棟当たり 4,000万前後にはなっていると推測されるから、1人当たり、15棟~20棟契約すればいいのだ。そう考えれば以外と楽な数字である。二つ目は、工事、 設計、管理のスペシャリストを養成しなければならない。実はこちらの方が難しいと思っている。現実の形として、例えて言うなら、工事は、今の山瀬次長の様 な人間が5人、設計は田丸課長の様な人間が5人、管理ならば鳥山係長が5人、揃えばいいのである。三番目は、粗利利益率が25~26%を確保しないと、 ネットワーク作りが出来ない事だ。サンホーム兵庫の粗利率は20%でいいが、残りの5~6%を工事会社や設計事務所の経費に充当しなければ、ネットワーク が壊れてしまう。ここまでお話すると、半分位の人は満更夢ではないと思われる筈である。私は、今はこのことに夢中だ。なにせ、ゴールが決まり、見えている のだから、ウキウキしている毎日である。
後継者問題について私は、特別な執着心はない。父は、私の子供に継がせたいと思っているだろうが、その資質も資格も無いものが経営をする事は罪悪だと思っ ている。私の息子達は未だ当然の事だが未知数である。私は息子達に言っている。簡単にお父さんの会社に入れて、後を継げるなどと思うな、入社の時は他の社 員と同じように面接もするし、入社してからも特別には扱わない、だからお前達も好きな道を行こうと思うなら、それでいい、好きな様にすれば良い、と。私に は私の後を継いで欲しいと思っている、意中の人物が2人いる。もし私の2人の息子の内、どちらかが後を継ぐ事になったとしても、私が考えている人物の後で ある。私の直ぐ後とは考えていない。
私はいくら遅くても、60歳でこの仕事から退く。何故なら、私はこの仕事が私の人生の目的だとは思っていないからである。父が聞けば寂しいと思うかも知れ ないが、理解して欲しい。しかし、それまでは自分の全身全霊を傾けて、企業経営に取り組む。一つの事が出来ないで、自分の人生など語る資格がないと思って いるからである。経営のトップは企業を倒産させてはならない。しかし、未来永劫続くものでもない。故松下幸之助氏と、ある禅宗の坊さんとの対談を雑誌で読 んだことがある。
幸之助氏問う
「松下電機の行方は?」
高僧答えて曰く
「消滅ですな」
幸之助氏重ねて問う
「消滅ですか?」
高僧曰く
「形有るもの壊れる。これを空と云う」
松下電機においてさえ、消滅である。ましてや我々の様な吹けば飛ぶような企業においては、なにをか云わんやである。私はせめて自分が経営に携わっている間 だけでも、潰したくない、と願っている。それが私の根底にあるモティベーションである。企業は毎年経費だけは必ず増えていく。それに見合う売上を計上しな ければ、当たり前の事だが減益になる。どこまで行ってもいたちごっこである。最後にはいたちごっこに疲れ果て、放漫経営に陥ってしまうのである。だから私 はゴールを探し求めていたのである。
私は30歳の時、あと27年今の仕事を続ける、と決めていた。別に根拠があった訳ではない。只漠然とそう思ったのである。それから15年の月日が経過し た。その間特にここ10年の間に様々な人との出会いがあり、やっと自分のライフワークが見つかった。経営者としてのゴールが決まった今、自分の人生の最終 目的である自己実現に向かって、進むだけである。

■PDFで読む