或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

或る二世経営者の挑戦


第一部 ~君は父親を越えられるか~


第三章 賢島異変

メーカーから3人の社員が打ち合せに来た。10日程後に迫ってきた、当時のメーカーの会長を囲んで、1泊2日の勉強会の下準備のためにである。これは、全 国の協業会社の幹部が、ひと月に2社程の割合で、メーカーの会長と勉強会を行い、経営理念の確認と親睦を深めると云う目的で行われていた。私は、一応の段 取りと主旨を聞いた。私は、折角の機会であるし、何か得るものがなければ8人も出席するのだからもったいないと思い、会長に、我が社の実情を聞いて貰い、 アドバイスを受けるのが最も効果があるのではないかと言った。彼らは多少不満そうだったが、承知をした。彼らの気持ちは、何とか無事にこの勉強会を終わら せたかったのである。私は、会長ともゴルフを一緒にしたりして、個人的にも付き合いがあったので、彼らが心配している様子が理解できなかった。或る協業会 社では、その勉強会のために、何度もリハーサルをしたそうである。私は、そういう実のない事は嫌いだった。
難波から近鉄線を乗り継ぎ、やっとの思いで三重県の賢島に着いた。最初に、私が取り組み始めたCSについて、我が社の考え方を話した。会長はあまり興味を 示していない様子だった。会長の唱えている経営理念について、私が少ししか触れなかったからだと思う。会長が要求した資料を持参せず、それに代わる設計図 書を提出した。多少機嫌が悪かったが、それでも当日の午後の勉強会は終わった。
夕食会は近くのゴルフ場のレストランで催された。アルコールも入り、賑やかになってきた。緊張感がほぐれてきたのか、2人の者がかなり酔っ払ってきた。そ のうち、研修所へ連れて帰るのにも骨が折れるくらい、酔いが回っているようだった。ようやく研修所へ戻って、一休みすると「さぁ、夜の部に入る」と会長は おっしゃった。同席していたメーカーの社員もびっくりして、その準備に取りかかった。しかし、酔っ払った2人は、もう怖いものなしである。研修の場には座 らず、隣の部屋で水割りを飲み続けていた。話し声も段々大きくなり、時々笑い声まで聞こえてくるようになった。私は、ハラハラドキドキの連続だった。誰が 注意しに行っても、聞く状態ではなかった。辛抱の限界を超えた会長は(私でも辛抱出来る範囲はとっくに超していたが)「もうこんな研修は止めだ!荷物まと めて帰れ!今なら電車もまだ間に合う!」と怒鳴った。私達は、しゅんと静まり返った。メーカーの社員の取り成しで、なんとかその場はつくろい、重苦しい雰 囲気の中で、9時過ぎに研修は終わった。
私と会長は、近くのホテルに泊り、他の社員はそのまま研修所に宿泊した。私は、ホテルに行く途中、タクシーの中で会長に平謝りに謝った。ホテルに着くと、 軽く食事をするから君も一緒に来たまえ、と云う事になった。私は針の筵だった。私は心から反省していたし、申し訳ないと思っていた。
「君の会社は一体どうなっているんだ。こんなことだから業績が上がらないんだ。君のお父さんがこの場にいたら、こんな事にはなっていなかった。君がだめだ からだ。君が社員に舐められているのだ。会社の理念もなってないし、CSだか何だか訳の分からない事を言って。しっかりしろ。これでは君のお父さんも安心 出来ないぞ」
このような内容の事を1時間余り聞かされた。私は、「ハイ、ハイ、申し訳ありません」と言うしかなかった。しかし、私も人間である。悪いと分かっている事 でも、窮鼠猫を噛む、の例えもあるように、盗人にも三分の利、を考える。やっとの思いで開放された私は、部屋へ返った。成る程、2人の者が酔っ払って大変 な迷惑をかけてしまった。そのうち、1人は確かに我が社の社員である。しかしもう1人は、メーカーの出向社員ではないか。私も舐められているが、会長も舐 められている事になるではないか。などと思ったり、いくら売上の低い会社でも、年間20億近く部材を買っている、頼りないかも知れないが一応お得意様では ないか、私は、そうでも思わないと眠る事も出来なかった。
昨夜、別れる時に会長は、明日の朝食は[ハマモメン]だから、と言った。私は、寝不足ですっきりしないまま、[ハマモメン]と云う店を探したが見あたらな かった。同じ処を行ったり来たりしていると、うちの社員達が朝食をするために、研修所から到着していて、ここです、と言った。私は、その店の暖簾に目をや ると[浜木綿]と書いてあった。私は、昨夜の出来事が幻のように想え、急に何故だか知らないが元気になってきた。
午前中で勉強会は終わり、観光もそこそこにして、私と粟倉常務を残して、他の社員達は帰っていった。私と粟倉常務は、夕方合流する手はずになっている私の 父である社長と会長と4人で、夕食をとる事になっていた。そして明くる日はゴルフをすることになっている。当然だが、食事は何を食べたか覚えていないし、 ゴルフをしたと云う記憶もない。本当に会長にも、父にも、社員達にも申し訳ない勉強会だったと今でも思っている。
後日、この件でメーカーの部長にも大変ご迷惑をおかけしたようである。私は、当社の酔っ払った社員を叱りつけ、向こう1年間人前で酒を飲む事を禁止した。メーカーの出向社員は、その年の9月にお引き取りを願った。
この件での唯一の救いは、私の中にメラメラと闘志が湧き、少しでも早くメーカーから重宝がられる企業にしなければならない、と云う思いが強くなった事だった。
ともあれ、賢島には再び行く事はないであろう。

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