或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

或る二世経営者の挑戦


第一部 ~君は父親を越えられるか~


第三章 ギャラリーの辿る道

死語になりつつある言葉に、企業メセナと云う言葉がある。バブル華やかしき頃、猫も杓子もこぞってメセナを讃唱し、メセナまがいの催し物を行った。勿論、 メセナと云う言葉も概念もない頃から、確立された理念の基に、地道に文化活動を行い、現在も継続している企業もたくさん存在している。そもそも文化活動は 高くつくものである。流行に乗り遅れないようにとか、文化を装い金儲けを企むなどは以ての外である。
メセナとは、元々フランス語だそうだ。欧米、特にヨーロッパ諸国でのメセナ活動と、にわか仕込みの日本とでは、根本的な理念が違う。これは、雑誌に書いて あったのだが、日本の企業がヨーロッパのある国で、演奏会を主催したのだそうだ。その会場の正面入り口の前に、モデルチェンジしたばかりの新車を展示し、 事もあろうに、その回りでカタログを配り始めたのである。格調高いクラッシックの演奏会にも係わらず、である。会場の責任者は、止めてくれるよう頼んだ が、お金を出しているのは我々だと言い張り、続行したのである。
近年、日本で文化が根づかないのは、税制にあると思っている。累進課税制度により個人的な金持ちがいなくなったのが、文化活動を弱めている最大の原因であ る。確かに企業は、ある程度金持ちになったかも知れない。しかし、企業が文化活動を支援するのには、自ずから限界がある。法人監査制度や税務上の取り扱い や、株主総会の事を考えると、煩わしくなるのは致し方がないところである。その点、働く意欲をなくすような、累進課税制度が敷かれる以前は、大金持がい て、文化を底辺で支えていたと思う。財産はいずれなくなる。文化は永遠である。松方コレクションとか、○○コレクションと言われているものは、後世まで 残っているではないか。
社屋を新しく建て替える時に、友人の谷口君と何気なくお茶を飲んでいて、谷口君の「ギャラリーにしたら」と云う一言で、1階をギャラリーにした。設計士と あちらこちらの美術館を見て回り、岡山にあるオリエント美術館を参考にして、そのミニチュア版のような空間を創り、ルネッサンススクエアと云うネーミング にした。最初のうち、多くの人は、舌を咬みそうな名前だ、と言っていたが、今は言う人はいなくなった。私は、この名前以外に付ける気はなかった。1年程 前、弁理士に依頼し、名称登録をした。私は、この名前を大層気に入っている。
ルネッサンススクエアを語るには、館長をお願いしている池内先生の事を記さねばならない。開館当時は、県立の短期大学の教授をしておられたが、4年前定年 で退官され、現在は岡山の大学の教授をしておられる。ギャラリーを開館すると言っても、私は何一つ成算があった訳ではなかった。全くのずぶの素人だった。 どうしても、アドバイザー的な人が必要だった。当社は、先生が教授をしておられた大学から、2年続けて女子社員を採用していた。入社していた女子社員か ら、先生は絵も描かれると云う事を聞き、だめもとで先生に館長をお願いした。先生は、私は一応公務員だから、公には都合が悪いが、君のところにも学生が、 色々とお世話になっているから引き受けよう、とおっしゃった。どんな絵を描かれるのか私は知らなかったので、大学の図書館にある先生の絵を見に行ったこと もある。後で私の知人に、あの先生は大変な先生なのだという事を聞いて、盲蛇におじずだなあ、と思った。先生は大学では住居学を教えておられ、環境心理学 とか人間工学の権威者だった。絵画の方は、エアブラシを使い知性とエロスが見事に混在した絵を描かれる。私の狭い範囲内では、現存している作家の中で、先 生の絵を上回るものに出会っていない。先生はまた、あらゆることに造詣が広くて深い。いろんな事を教えて戴き、いくら感謝してもしきれないと思っている。 とても先生抜きでは、ルネッサンススクエアはここまでやってこれなかった。また先生には小さな作家にありがちな偏屈さもない。全てに公平である。4年前に 出版された画集のお手伝いをした事と、時々気に入った絵を買わせて戴くだけで、1円の顧問料も払っていない。
開館当初から私のよきパートナーであり、今はほとんど任せきりにしている、秋山女史の事も記しておかねばならない。彼女は、私の叔父が町長に立候補した時 に、選挙事務所でアルバイトをしていたのだが、その仕事ぶりを見た私は、当社に来てくれるよう頼んだのである。最初の頃、2人で神戸にある近代美術館へ 『ダリ』の展覧会を見に行った事がある。会場へは2人同時に入ったのだが、段々私と彼女の距離が離れていった。私が半分ほど見た頃には、彼女は既に全て見 終わっていた。私は、仕事は出来るが、美術には興味がないのか、こう云う仕事は向いていないのだろうか、いい加減な見方をして、と思った。出口で待ってい た彼女は、どの絵が良かったですか?私はあの絵とあの絵とが、最も気に入りました、と言うのである。私は、彼女の言った絵がどれであったか、記憶になかっ た。私は、ほとんど良かったと言えば良かったし、そうでもないと言えばそうでもなかった。私は、眺めていたのである。彼女は観ていたのである。今でもそう だが、絵画だけでなく美術一般全てにおいて、彼女の方が観る眼がある。時々私は、ルネッサンススクエアで開催した展覧会で、気に入った作品があれば買うの であるが、彼女の意見に従っている。ギャラリーにはもう1人女子社員がおり、2人で年間15~6程イベントを開催しているが、私の仕事はほとんどない状態 である。もう1人の女子社員とは、私にCSを教えてくれた女子社員である。秋山女史が7年、もう1人が4年、後継者に頭の痛い今日この頃である。
「この度、ギャラリー[ルネッサンススクエア]を開催し、地域文化に微力ながら貢献したいと考えております。
当ギャラリーは、造形的表現活動に対してトータルに考える点から、絵画・彫刻・工芸等の純粋芸術の他、建築・工業・インテリア・商業・織物デザイン等の生 活造形に関する領域も含め、幅広い視野で企画展示を行い、皆様にご観覧を得たいと思っております。また、地域の造形作家の皆さんに創作発表のスペースを提 供し、自由に広く活用して頂ける計画を立案中です。
よろしくご理解、ご協力のほど、お願い申し上げます。」
上記は、ギャラリーの入り口に提示しているあいさつ文である。こういうコンセプトの基に開館したのである。過去7年間に80数回の展覧会を行った。目的 は、対外的には地域コミュニティ創りと、企業イメージのアップである。対内的には、社員のモラルの向上と、ハイアメニティな職場環境創りにある。開館当初 は、マスコミも大いに取り上げてくれ、対外的には高い評価を得た。しかし、社内の理解がなかなか得られず、私の気持ちを随分悩ませた。ここ、3年位前から は社員もようやく解りかけてきたようである。中には、理解をしようともしない者もいるが、半数以上の社員にはぼんやりだが、浸透したと思っている。まこと に、企業経営とは難しいものである。何かを新しく導入する時は、いくら良い事でも、時期や社風や外部環境の変化によっては、良くない事もある。前述したと 思うが、判断基準を、合うか、合わないか、に置く事が大切である。そして、ストレスマネジメントの組織理論をよく理解し、行使する事が大切である。また経 営は、一寸だけ先を見て行わなければならない。余り先過ぎてもだめであるし、手遅れはもっと酷い。一寸先とは、1年前後位が目安だと思う。ギャラリーは、 様々な経営のコツを私に教えてくれた。
ギャラリー[ルネッサンススクエア]の年間イベントのひとつに、小学生を対象とした子供の絵画展がある。毎年6月に行っており、今年で第6回を数えた。1 回目の時は、姫路市の主な小学校を訪問し、出品の依頼に回った。中には、何故おたくの絵画展に出品しなければならないのか、おたくの商売のお手伝いをしな ければならないのか、と言う学校もあった。1回目は、150点しか応募がなかった。しかし、450点、830点、と段々数も増え、4回目からは一団体から の出品数を24点以内と、絞っているにも係わらず、1200点以上の応募がある。と同時に質も向上している。審査員は、池内先生と他にもう1人、児童絵画 に詳しい先生にお願いしている。我々の、考え方、展覧会の運営の仕方等が地域に広まり、あのルネッサンスの子供の絵画展は、なかなか格調も高く、非常にい い絵画展だと云う認識が浸透してきたようだ。兵庫県をはじめ、姫路市、お隣のT市の後援も頂いている。6月の半ばの日曜日に、ルネッサンススクエアで表彰 式を行う。毎回、1,000人以上の方がお見えになり、会場には入りきれなくなる。申し訳ないと思うが、会場を変える気はない。このルネッサンススクエア で行うことに意義があるからである。私が考える子供の絵画展の終着駅は、営業がお伺いしたおたくで、「この子が小学3年の時、サンホーム兵庫のギャラリー で、いい賞を頂いたのですよ」と云う会話が奥様から聞ける事だと、思っている。
恒例の年間イベントのもう一つに、年末に行うチャリティ展がある。このギャラリーで知り合った作家の先生方に、小品を2~3点出展して頂き、それらを一般 の方に入札方法で買って頂くのである。売れた金額の半分は作家の方にお返しし、残りは経費分を差し引いて、[はりま自立の家]、正式には、兵庫県心身障害 児福祉協会に寄付をしている。始めの頃は、売るのも大変で、私の友人や社員に買って貰っていたが、今では毎年楽しみにして買って下さる方もいて、300万 位の売上があり、100万前後寄付している。最初の頃は、仲介をして頂いた神戸新聞社に寄付金を持参していたが、ここ2年は直接[はりま自立の家]に行 き、お渡ししている。[はりま自立の家]には重度の身障者の方々が暮らしておられ、その人達とお茶を呑み、2時間程を一緒に過ごすのであるが、毎回こちら が勇気づけられて帰る始末である。
ギャラリーでの催しで、心に残っているものとしては、新潟の長谷川氏の協力で行ったインドのミティラー民族画展、福富太郎氏にお願いした、日本の明治から 昭和にかけて活躍した作家の描いた美人画展(特に岡田三郎助のあやめ)、広重と北斎の浮世絵展、シリーズになっている地域作家による現代作家展、こけら落 としに開催したシルクロード展、等々数え上げればきりがない。今後是非行いたい催しとしては、絹谷幸二氏の作品展、それにこれは夢になるかも知れないが、 ルネッサンススクエア大賞を企画し、開催したいと思っている。
文化とはお金も時間もかかるものである。今世紀中に華が咲くかどうかも分からない。当初のコンセプトを忘れず、息切れしないようにしなければならない。企 業メセナと云うにはおこがましいが、我が社の殻に合った活動を、これからも続けていきたいと考えている。スポーツは少年サッカーで、文化はギャラリーで、 出来得る限りの範囲で継続していくつもりである。

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