或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

或る二世経営者の挑戦


第一部 ~君は父親を越えられるか~


第三章 CSは新入女子社員が教えてくれた

私のオフィスは、社屋最上階の5階で、南に面しており、約20帖位である。新しく社屋を建設するに当たって、私が描いていた通りの部屋ができ、7年経った 今も飽きずに満足している。机や椅子は高そうだが、実はコクヨの倉庫にあった物を、定価の7割引きで買った物である。ソファだけは、清水の舞台から飛び降 りたつもりで張りこんで買った。当時で200万程だったと思う。机の右隣にはワープロがあり、左隣には自分で生けた花を飾っている。
私の部屋を毎朝掃除をするのは、1階のギャラリーの女子社員の内、新人の方がすることになっている。2階の総務の部屋から、昨日の書類関係を持って上がる のも仕事の一つである。書類と言っても色々ある。コンピューターに入力する前の振替伝票、稟議書、あらゆる決済願、ダイレクトメール、郵便物等々である。 現在それらの書類を運んでくれている女子社員は入社4年目になる。名前は綾子と云う。綾子が入社して半年も経たない頃だった。総務から持って上がってきた 書類の一つに、お客様に対してメーカーが入居後にアンケートを行うのだが、アンケートに対するお客様の解答用紙があった。私はその内容を、毎朝の朝礼で披 露している。或る朝、綾子は目ざとく、アンケートを見付けたのか、「副社長、お客様がまたひとり減りましたね」と、私の顔色を窺うように言った。お客様の 解答用紙を見ると、[C]とゴム印が押してあった。お客様の回答の内容によって、メーカーが[A][B][C]のランクを付けて、その後どの様に、協業会 社が対応したかを報告させるシステムになっている。勿論、[A]が良くて[B]が普通で[C]は悪いのである。
私は綾子に、それも入社間もない、臀の青いような女子に、「お客様がまた減りましたね」と言われて、正直腹が立ち、「お前に何が解る。生意気な口を叩か ず、さっさと掃除をしてしまえ」と言いかけた。でも、こんな子に怒ってみても仕方がない。お客様にも色々あるのだ。その内建築とは何かがこの子にも分かる 日が来るであろう、と思いぐっと堪えたのである。しかし、綾子の言葉が、その日以来ずっと私の心の片隅で引っ掛かり続けていたのである。我々の常識が正し いとは限らない、綾子の見方が当たり前なのかも知れない、ひょっとしたら、我々は首まで浸かっていて、何も見えていないのかも知れない、いろんな思いが、 私の中で燻り続けていた。
それから3ヶ月ほどが経った11月、或るコンサルタント会社の営業が私にアポイントメントを取り、やって来た。今までに、その営業の勧めで、大阪で開催さ れた2泊3日の研修に参加したことがあった。それ以後、2回ほど訪問を受け、社内研修を中心としたプログラムの提案をされたが、どれもこれも、TQCまが いのものだったので、お断りをしていた。TQCは、SS50作戦で凝り凝りだったし、古い手法のように思われて、今ひとつ気乗りがしなかったのである。
コンサルタント会社の営業は「今回御提案させていただくのは、サービスマネジメントを切り口としたCS戦略です。CSについてはご存知でしょうが、サービ スマネジメントと云う言葉は耳新しいと思います。簡単にご説明させて戴きますと、倒産寸前に追込まれたスカンジナビア航空を、ヤンカールソン氏が驚くほど 短期間で立て直したのですが、その過程に用いた手法や考え方を、プログラミングしたものが、サービスマネジメントと言います。ヤンカールソン氏は、1日に 5万回お客様と接する機会があると、言っています。その接する機会のことを、彼は、[真実の瞬間]と呼んでいますが、この瞬間こそ最も大切な商売をする チャンスだと、言っています。御社も、日頃お客様第一とおっしゃっていますから、丁度ぴったりだろうと思います。CSとかサービスと云う言葉からは、苦情 とかアフターサービスを連想されますが、本来のサービスは違うと思います。お客様と一番最初に会われるモデルハウスから、サービスは始まっていると思うの ですが。しかし、サービスは消費と生産が同時に行われます。故に、在庫は効きません。それに、1日の内で無数にある全ての[真実の瞬間]に、幹部はもとよ り経営者が、立ち会うことは不可能です。このサービスマネジメントを切り口とした、CS戦略の基本的な考え方は、[どんな状況下においても、自分自身で判 断し、今何をすることが、お客様にとって最も利益になるか考え行動する]ことです。ですから社員の教育が大切になってくるのです。サービスは金がかかる、 と思われがちですが、必ず利益となって返ってくると信じています」
私は導入を決断した。見積書に目を通した。確か1千万程の金額になっていた。スケジュールの調整に入り、キックオフの照準を5ヶ月後の4月においた。前 もって2月、3月に社員の意識調査をした。意識調査の方法は、35項目からなるアンケートを全社員に行い、幹部クラスから、係長、主任までの社員に対し て、コンサルタントが直接に面談を行った。それらのデータをコンピュータにかけ、数字とグラフにしたものが出来上がり、予定通り4月にキックオフセミナー を開催した。1年目は2ヶ月に1度ずつCS研修を開催した。2年目は3ヶ月に1回、3年目の今年は4ヶ月に1度行っている。
私にとっては一大決心だった。費用もそうだが、社員の意識調査はそれ以上の決断だった。何故かと言えば、日頃コンサルタント会社に対して、少なからず虚栄 を張って接していたが、あのような意識調査を行えば、我が社の全てをさらけ出すことになるからである。相当腹を括らなければ出来ないことである。最初の意 識調査の結果は惨澹たるものだった。評価は1段階から7段階まであるのだが、全体の平均点は[3.76]だった。勿論点数は低いほど全体に、会社のコンセ プトが行き渡っているのである。4段階が示す言葉は、[どちらとも言えない]だから意識は酷いものである。因に1段階は、[大いに同意できる]2段階は [かなり同意できる]3段階は[どちらかと言えば同意できる]5段階は[どちらかと言えば同意できない]6段階は[あまり同意できない]7段階は[ほとん ど同意できない]である。3年計画で進めてきたCS戦略の今後の方向性を探るために、今年6月(平成5年)に再度アンケートによる、全社員の意識調査を 行った。全体の平均点は[2.82]だった。特に私を勇気付けたのは、課長以上の点数である。3年前は平均の点数が[3.73]であったものが、今回は [2.1]にまで、大幅に改善されていた。私は点数自体にも満足したが、コメント欄に真剣な問題意識が感じられたのは、大変嬉しく心強かった。CSを取り 入れたのは間違いではなかった。私は、CSを教えてくれた綾子女史に大いに感謝をしている、今日この頃である。あの一言がなかったら、CS等に見向きもし なかったであろう。
しかしながら、その頂上はまだまだ遠く険しいものがある。社内にCSと云う言葉が存在しなくなった時、始めて真にCSが完成し、サンホーム兵庫の企業文化になった、と言えると思っている。

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