或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

或る二世経営者の挑戦


第一部 ~君は父親を越えられるか~


第二章 STMで眼から鱗が落ちた

私は山脇部長の机の前に、パイプ椅子を持ち込んで説得していた。明後日から始まる研修に、山脇部長が行かないと言い出したからである。どうしても行かな い、勘弁して欲しい、他の事なら何でも文句言わずやりますが、この研修だけは許して欲しいと言い張るのだった。丁度1年前に、彼は一度この研修に行ったの だが、研修2日目の夜に、彼の奥さんから叔父さんが亡くなられたので伝えて欲しい、別に帰らなくていいから、と云う電話が私の自宅に入ったので、彼にその 旨を伝えた。彼は、渡りに船、とばかりに研修を途中で放り出し帰ってしまったのである。
私自身は、1週間もの長い研修に行くのは、今更と云う気だったが、山脇部長を1人行かすのは多少可哀相だったし、保護者的なつもりで一緒に行く事にしてい た。お前だけにしんどい目はさせない、私も行くのだから行こう、といくら説得してもとうとう彼は首を縦には振らなかった。一人前の大の大人を、首に綱を付 けて引っ張っていくことは出来ない。とうとう私の方から折れざるを得なかった。この研修を企画運営している、コンサルタント会社が「この研修だけは欠席し てもらっては困ります。もし欠席の場合は代理をお願いします」と、諄い程言っていたので、私は田丸部長を呼んで、山脇部長の代わりに出席する様伝えた。
研修会場は千葉県の成田ウィンズホテルだった。研修期間は、日曜日から始まり、土曜日までの1週間である。私達は、土曜日の夜にホテルに入った。その夜だけだった。精神的にも肉体的にもゆっくり出来たのは。
あくる日の日曜日、午後1時から始まった。まず12人ずつのグループに分けられ、全部で10グループが編成された。私はHグループだった。簡単なオリエン テーションが終わり、それぞれのグループは指定された研修会場へと移動した。井口と云う講師と、高山と云うサブの講師が、Hグループの担当だった。最初に この研修で取り決め事項を井口氏が話した。①今ここでの話をして下さい。仕事や家庭の話はしないでください。②ここで起こった事は皆さんで責任を持って下 さい。
妙な事を言うなあ、と思ったが、私はこの研修が我が社にとって合うか合わないか、取り入れるべきかそうでないか、今後継続して派遣するかどうか、を確かめるために来ているのだから、まあいいかと云う気持ちでいた。
続いて井口氏は「さあどうぞ、始めて下さい」と言うのだ。名札を付けていたから、名前だけは解るが、今此処で初めて会った見ず知らずの者同士が、さあどう ぞ話し合って下さい、なんて言われても、ああそうですか、じゃあやりますか、と云う訳にはいかない。当然沈黙が続く。どの位沈黙が続いたかは定かではない が、たいした長さではなかったと思う。誰かが言う。「司会者がいた方がいいんじゃない?」「そうですね、いりますね」……「どういうふうに決めます?」 「まあ年長ということではどうでしょう?」「失礼ですが、佐田さんはお幾つですか?」「私ですか、49歳です」「佐田さんが一番年長だと思いますので、司 会お願いします」「私より芦谷さんの方が上だと思いますよ」「わてですか、52です」「そうしたら芦谷さんお願いします。アイウエオ順でもアですし」と、 まことに無責任に司会者が決まり、なんとなく始まっていった。しかし、話題なんて続く訳がなく、しばらくするとまた沈黙がやってくる。その辺は、講師も心 得たもので、適当に話題を提供してくれる。自分自身のこれまでのライフサイクルについて、曲線で示すように指示をし、その説明を個人個人でしていった。全 員のメンバーは、これで少しは沈黙が続かないで済む、と思ったに違いない。とにかく訳の解らないうちに、1日目は終わった。
2日目が始まった。私は傍観者として、今後どの様になっていくのか、まさかこのままで1週間が終わるはずがないと思っていた。しかし、昨日のライフサイク ルの話で気になっていた人物が1人いた。佐田さんである。講師は、ダルマさんが怒っている様な絵が描かれている、1枚の用紙を全員に配付し、「この紙に、 このメンバーの中で最も嫌いな人の名前を書いて下さい」と言った。書き終わると、イチ、ニのサンでその名前を書いた人に渡せ、と言うのだ。私は勿論、佐 田、と書いた紙を本人に渡した。なんと佐田さんに6枚その紙が手渡されたのだ。本人を引くと11名中6人の者が佐田さんに渡したのである。講師はその感想 を佐田さんに尋ねた。佐田さんは「私はこの位は来ると思っていた。私は、仕事の立場上、嫌われ役をこなしてきたので、気にはならない」と言ったので、私 は、「一寸待って下さい。来ると思っていたとは何事ですか。私も何枚かは来るかも知れない、来た時の言い訳を最初に考えましたよ。大体ですね、昨日から貴 方の言い種は気に入らなかった。人生を3分の1ずつに分け、それぞれを、仕事、家庭、社会生活と充実した人生を送っている、と言いましたね。人生をそんな にきちんと分ける事なんて出来ないと思います。聖人君子じゃあるまいし、貴方のは単なる偽善だ」「貴方に関係ないでしょ。私の事なんだから、大きなお世話 です。私はそうやって生きてきたのだし、今からもそうします」
そんな私と佐田さんの論争が始まり、他のメンバーも加わりながら、その日は終わった。次の日、朝一番に講師は「佐田さん、夕べはよく眠れましたか?」… 「はっはい、い、いいえ、一睡も出来ませんでした」「何故ですか?」…「私は間違っていました。私は、足を踏まれたら痛いと言うべきです。私は痛いと言う 前に、何故踏んだ?誰が踏んだ?の方を大切に思っていました。痛いと言うべきです」「ほうほう、良いことに気が付かれましたね。他には?」……「北見さん に感謝しています」「北見さんにですか?あんなに言い争いをしたのにですか?」「はい、感謝しています」「本当にですか?皆さんもそう思いますか?佐田さ んが北見さんに感謝しているように見えますか?何?見えない。私も見えません。佐田さん皆はそうは見えないと言ってますよ。どうなんですか、口でいくら 言っても皆は解らないと言ってますよ。佐田さん」……私はピーンと来た。佐田さんは手足が震え出した。その瞬間私と殆ど同時に、佐田さんは立ち上がり、私 の方へ歩み寄ってきて、私の手を握り締めた。私も握り返した。佐田さんは私の肩に、顔を埋め泣きくずれていった。髪の毛も薄くなった50のオッサンが、お そらく人前で初めて流した涙だったに違いない。それでも私はまだ傍観者であり続けられた。
3日目が過ぎ、4日目が終わった。自分の部屋に戻った私は、4日間が済んだ、もう3日だけだ。さあ寝よう。と思ってベットに入ったがなかなか寝つかれな かった。私は一体何をしに成田くんだりまで来たのか?これでいいのか?他のメンバー達は次々と自分を見付けているではないか?それに比べてお前は何をして いるのだ?何に拘っているのだ?矢継ぎ早に私は自分に問いかけた。幾ら考えても答えは見つからなかった。そうだ明日の朝、皆に聞いてみよう、皆に教えて貰 おう、と腹を括った。
開講一番、私は「是非皆さんに聞いて欲しいし、教えて欲しいことがあるのです。少し長くなりますが、私に時間を頂けますか?」「一寸待って下さい。昨日の 話の続きがあります。その後にして下さい」誰かが言う。講師が「皆さんどうしますか?」と尋ねる。他のメンバーは私の話が聞きたいと言ってくれた。反対し たメンバーも同意してくれた。私は、この研修に参加した動機から話し始め、何処か醒めた傍観者でいたことや、昨夜いくら考えても結論が出なかった事につい て話をした。話し終わると、私は本当に自然に床に座り、土下座をして「教えて欲しい、一体私はこれからの3日間をどのように過ごせばいいのか、教えて欲し い。私の此れ迄の醒めた態度を許して欲しい。どうか私を助けて欲しい」と訴えたのだ。床に手をついてお願いをし始めてからは、大声でポロポロ涙を零しなが ら、肩をゆすりながら、叫んでいた、と思う。もう意識外のことだった。しかし、2年近くも経過した今でも鮮烈にあの時のことは覚えている。私は、人知れず 涙を流した事はあるが、人前で、それも大声で泣きじゃくるなんて、考えもしなかったし、全く初めての事だった。
サブの講師である高山氏が皆に、助けてあげましょう、と提案をした。11人のメンバーは私を抱きかかえ、頭上にかつぎ上げてくれた。私もようやく気持ちが おさまり、何秒間か眠ってしまった様な感覚だった。井口氏が「どんな気分です?」と聞いた。私は「とっても良い気分です、私は、リーダーシップとは、これ だと解りました」と答えた。2ヶ月後の3月31日の深夜に、私は社員の皆から、目標達成を祝って胴上げされたのだが、その時、このSTM研修での出来事と が重なり合っていた。私は、社員に胴上げをされながら、手の甲で涙を拭っていた。
最初の頃は、傍観者を装いながら、結局最後に一番元を取ったのは私だった。33万円の研修費は、私にとって余りに安過ぎた。無限大の価値があったと今でも 確信している。この研修の素晴らしさは、いろんな体験を通して、自らが学ぶ処にある。人間とは?のテーマについて合理的に、科学的に教えてくれる。その底 辺には、広義の仏教の教えが流れていると思った。しかしながら、決して押しつけがましくない。自らが、今現在の、自らのキャパシティで学んでいくのであ る。
私は、STMを随所に用いて人生を送っている。経営は勿論、様々な分野において活かそうと心掛けている。研修を終えて、プライベートな事で、疎遠になって いた村山君にも会い、私から手を差し伸べ、握手を求めた。私も救われた思いだったが、その思いは彼の方が強かったのに違いないと思っている。我が社ではこ の研修の受講生が12人になった。毎回2人ずつ派遣している。12人になるのを待って、ST会を発足した。2~3ヶ月に一度、集まってテーマなしで話し合 いをする。2時間があっと云う間に過ぎていく。今度は、いよいよ山脇部長が受ける事になった。あの研修を2日や3日で帰ってしまうと、二度と行きたくない 気持ちは私が受講してみて、初めて解ったので無理には勧めなかった。受講した他の社員から勧められて、ようやく自分からその気になったようだ。大変良いこ とだと思っている。井上常務も今回は多少行く気になっていたが、健康上やむを得ないので次回に回すことにした。
私は、企業は金太郎飴になる必要はないと思っている。いや、むしろならない方が良いと思っているタイプである。しかしながら、何処かの部分では、共有する 価値観が必要だと思っている。何分の1かの所では、絶対必要だと思っている。特に、人間と云う崇高なテーマにおいては重なり合わなければいけない。あと、 12人で合計24人になるまで派遣しようと思っている。
芦谷氏、太田君、今城君、風間氏、三宅君、徳永女史、手塚君、結城君、三山君、吉沢君そして私の事を棺桶の中まで持っていくと言った佐田氏。瞬時に今でも 名前と顔が浮かんでくる11人のメンバー諸君。元気でSTMをしてくれる事を祈っている。ありがとう。
研修の最後の日に、自分に手紙を出し、3ヶ月後に届くのであるが、その内容を記すことにする。

 

内なる北見氏へ


3月も半ばを過ぎましたが、元気で毎日を送っておられることと思います。私は、君の大の親友としてこの書をしたためます。
先ず、家庭面においては、長女さんが大学へ行っておられますが、せめて1週間に1度位は電話をしてあげて下さい。そして、ますます仲の良い夫婦でいて欲しいです。長男次男には、あまりおしつけをしないように。
会社においては、今より以上に自分を出し、いろんな表彰状、お祝いを手渡す時には、必ず握手をして下さい。気軽にスキンシップを繰り返して下さい。話を聞く態度、姿勢、直っていますか?
また、君の社会生活面での交際で、村山君と谷口君との関係を修復しましたか?
君の健康面では、半年に1回は定期検査を是非受けて下さいね。
そして、今、君が続けている1日1枚必ずハガキを書く、もいい事ですから、頑張って続けて欲しいです。
君はこの研修が終わって会社に行く、1月20日、朝礼の場で、本当に心を込めて、社員の前で、「STM研修に行かせていただいてありがとう」とお礼を言う といっていましたが、言ったでしょうね?もし、言っていなかったら、何かでそれを必ず償って下さいね。
それでは。成田ウィンズホテルにて


平成3年1月18日
 

北見 俊介


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