或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

或る二世経営者の挑戦


第一部 ~君は父親を越えられるか~


第一章 34歳の夏

私は、本社の社長室にいた。メーカーの幹部である取締役近畿統括部長が2~3日前にやってきて、父である社長に進言した事について聞いていた。内容は、或 るプレハブメーカーと資本を出し合って作った協業会社の業績が思わしくない、このままではメーカーとして放って置くわけには行かない、そちらが手を打たな いのだったら、こちらが何とかしなければならない。何とかしなければならないとは、つまりメーカーから役員を派遣し、経営の実権を取らなければならない、 という事であった。
条件は社長である父親か、息子である私が本気で協業会社の経営に取り組む事だった。メーカーはそうして頂ければ最善の協力は惜しまないと言った。
グループの役員会は毎月5日に行う。4月頃から数字的に辻褄の合わない、どう考えても粉飾に近い月次決算が組まれていた。協業会社の経営を任されている原山専務も苦しい言い訳をしていた。
私は即座に決断をした。考えてみれば、親父は普通の人の3倍以上仕事をしてきているし、人生を送ってきている。今更、火中の栗を拾いに行かせる事は出来な かった。そして私は、「勝ち戦のときは誰がやってもいいが、負け戦になったときは、私か貴方が出なければ仕方ないでしょう。私が行きます。」と、答えた。
34歳の夏であった。
私はそれから1週間ほど協業会社の帳面を調べてみた。しかし、それは全く役には立たず、意味の無い事だった。根本にある問題は小手先で解決できるほど甘いものではなかった。
そして、父である社長に私はこう言った。
「1週間いろいろと調べてみましたが、大変難しい。そこで1つだけ欲しいものがあります。それは代表権です。他には何も要りません。必ず、1ヶ月以内に再建案を提出します。」
社長は、承知した。
「メーカーにはわしから話を付けておく。」と短く言った。
こうして名も無い、実績も無い、代表取締役副社長二世経営者が昭和58年10月1日に誕生したのである。

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