或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

或る二世経営者の挑戦


第一部 ~君は父親を越えられるか~


第一章 ○○君お前もか?

私は、新光ロイヤル住宅へ来てから3ヶ月の間に荒療治をし、一応の目処をつけ、新規にアパート事業を展開し成功させ、ハワイへ社内旅行もした。研修も積極 的に取り入れ、新しく社屋も建て、1階にギャラリーまで設置し、マスコミも大いに取り上げてくれた。SS50作戦と云う花火も華々しく打ち上げ、同じ協業 会社からの社員も私を頼ってやってきたし、新しく人も集って来るようになった。2人の常務を初め、従業員も私の実力を認め、内部環境も良くなっていた。以 前、新光工事時代に入会していて、少しの間スリーピングしていた青年会議所の理事長も来年度は引き受ける事になっている。時々は講演を頼まれる事もあっ た。全てが順風満帆にゆきつつあると思い込んでいた。次第に私は、会社を留守にする事が多くなった。
ところが、3ヶ月に一通くらいの割で、辞表が提出され始めた。気にはなったが、辞める者がこの会社の魅力に気が付かないのだ、私を理解しないのだ、と思 い、辞める者の方が悪いと、たかを括っていた。そんな或る日、山脇部長が私に辞表を提出してきた。山脇部長とは、アパート事業を一緒に創始した仲間の1人 で、岡山の代理店に実地勉強に行き、私が感謝状と共に副賞としてゴルフの会員権を贈った人物である。当時は工務部長をしていた。私はこたえた。やっと目が 覚めたのである。私は、お前が辞めるのだったら俺も一緒に辞めると、言った。俺は、経営のトップとしてやっていく自信がなくなったとも言った。私は、自分 の愚かさに気が付いて、愕然とした。少々の成功で有頂天になっていたのである。
私は、すぐさま階層別に、1泊2日の徹底した話し合いの場を持った。先ず営業部門、続いて工務部門、次は設計部門、最後は管理部門を含めたその他のもの、 と順を追って行った。常務も部長も同席させた。出るわ、出るわ、聞くに耐えられない不満が沸出した。要望などという生易しい物ではなかった。私は、自分の 怠慢さを腹立たしく思った。よくこれで、会社が回っていたものだと、人ごとのようにさえ思われた。私は、皆の前で自分の至らなさを詫び、今全ての要望に答 える事は出来ないが、必ず良い会社にするから頑張って欲しいと、言った。事実、それくらいのことしか言えなかった。自分の無力無能さをいやというほど思い 知らされた。
昨今、CSが見直されており、当社も3年前から取り組んでいる。CSについては、詳しくは後述するとして、その根本的な私の考えとして、従業員が満足して いないのに、お客様に満足など与えられる筈がないと思っている。この私の考え方は、先の一連の事柄が基になっている。私は、先ず第一に従業員の幸せを考え ている。それから、お客様であり、下職であり、社会一般であると思っている。良い、悪いと、色々と御批判はあろうかと思うが、これは私のvalueなの だ。

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