或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

或る二世経営者の挑戦


第一部 ~君は父親を越えられるか~


第一章 SS50作戦

今日は隣接しているホテルの大広間を借り3ヶ月前から計画してきた販売作戦の発表会の日である。メーカーから4月に新しく転任してきた近畿統括部長を含め て、12~3人出席する予定になっている。新光建設からは、各グループの部長以上が同席する事になっている。勿論、意思統一を計るために、新光ロイヤル住 宅の社員は全員が出席している。開始は午後1時である。上座の演台の上には仰々しく、SS50作戦発表会、と書かれた看板が掲かっている。
SS50作戦とは、メーカーの商品の一つである、サンフェリカを売って売って売りまくり、この地域でのシェアーを50%にしようという、壮大な作戦計画で ある。つまり、最初のSはサンフェリカのSであり、次のSはシェアーのSであり、50は50%である。何故サンフェリカと云う商品だけに絞り込んだかと言 うと、この商品は、メーカーの商品群の中でも比較的普及型タイプであり、価格的にも割安感がありこの地域に合う商品だと判断したからである。それと、我が 社には販売実績があった。
先ず、父である社長が挨拶をした。続いてメーカーから新任の統括部長が挨拶をし、次に私が全体の計画を発表した。少々上がっていたのを覚えている。過去の 2年半の受注実績を基に現状を分析し目標を示した。その目標は3年計画で達成していくものだった。達成する為の問題点を抽出し、対策をたて、展開スケ ジュールを順を追って話した。早く言えばTQCである。私の後に続いて、営業はもちろん、工事、設計総務に至るまで、合計12のグループが発表をした。最 後の講評は、私のお目付け役だった吉田専務にお願いをした。彼はかなり興奮気味に、この作戦計画について絶賛をした。
この頃から、メーカーは「くらし文化」という言葉を使い始めていた。なんのことか当時は分からなかったが、解っているような顔をしていた。今流で言うな ら、広い意味でのCSであろう。また、スカンジナビア航空風に言えば、サービスマネジメントである。その「くらし文化」をより分かり易くする為に、我が社 独自のイメージカタログを作成した。このカタログは、新光ロイヤル住宅の営業エリア毎に、その地域の気候風土を記し、伝統文化や言伝え等を細かく調べ上げ た、全く手作りの興味あるカタログだった。今見ても大変良く出来ていて新鮮だと思うが、結局活用されず、今は物置の奥の方で山積みになっている。誠に残念 で仕方がない。このカタログの作成費用や、ホテルの会場費、後の懇親会等も含めて約300万位のお金が、羽根が生えたように一日で飛んでいった。
私はSS50作戦と云う、大きな花火を打ち上げ、その成功を信じて疑わなかった。もう直ぐ、我が社も全国で有数の協業会社になる。時間の問題である。前途 は洋々たるものだった。しかし、生身の企業の経営はそんなに甘くはなかった。半年経ち、1年が経過し、2年近くにもなると、誰一人SS50作戦について一 言も語らなくなった。逆に口に出す事がタブーにさえなったように思う。あのホテルでの大発表会は一体何であったのだろうか?愕然とする日々が続いた。私 は、少なからず自信を失いかけていた。
今思うと、三つの原因が考えられる。第一は花火は打ち上げたが、その後始末が全然出来なかった。要するに、粘り強くフォローをしなかったのである。私の苦 手なチェックを怠ったのである。二つ目は、本当にやろうと云う意欲がなかった。分かり易く言えば自分達で(私自身)創り上げたものでなかったからである。 メーカーの企画立案にのみ頼り、心の奥底からの情熱がなかったと思う。三つ目は、自分自身の勉強不足からくる怠慢と、能力不足である。これが最も大きな原 因であると思う。社員には大変申し訳ない事をしたが、私は、この失敗がそれからの経営に、大いに役に立ったと思っている。いやしくも、経営者としてトップ に立つ者は戦略を誤ってはいけない、としみじみ思い知らされた。

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