或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

或る二世経営者の挑戦


第三部 ~すべてはお客様のために~


第三章 緩やかなエンディング

2006年10月に新光建設を中心とした人事の刷新を断行した。私は幾通りもの人事構想を描いていた。目的は新光建設に漂っている閉塞感の打破だった。最 初から決めていたのは私が社長を退くことと、長男である司を住宅事業部の責任者に据える事だけであった。社長候補は3人くらいあったが、最も無難で、誰も が納得する人物である当時ニューマテリアルの社長だった『平田氏』にお願いをした。最初は固辞したが、「私が一度口にしたからには引き下がることはありえ ない」と説得した。新光建設の常務で住宅事業部を担当していた山脇を、ニューマテリアル兵庫の代表権のある専務に据えた。彼は以前に新光住宅産業の常務と して2~3年経験もあったし、社名を変更した「ニューマテリアル」というミッションに合うと思ったからである。新光建設のゼネコン事業部で取締役工事部長 をしていた『高山』を、ゼネコンの取締役営業部長に変えた。これは一種の賭けであったが私には勝算があった。本当はグループを巻き込んだもっと大幅な人事 を敢行したかったのであるが、事前に私が独自にリサーチした結果から判断しこの程度で落ち着かせた。
グループの会議は毎月行う『ネットワーク会議』と称するものと、四半期毎に行う『経営報告会』がある。ネットワーク会議は、各企業の代表権のある取締役が 集まり業績数字の報告と検討をし、グループ間の重要事項の決議を行っている。議長は私で、BFB3の3階にある『シンコウホールディング』の部屋で行って いる。なぜかといえば、私が実務からリタイアした後、各グループの持ち株会社である『シンコウホールディング』にトップ人事権が在る、という意識をそれぞ れの役員に持ってもらうためである。経営報告会は各グループの取締役全員が出席し、議長は私で、場所は新光建設の本社で行っている。その会議にはオーナー である父も出席する。というか父のために、父を寂しがらせないために開催しているようなものである。2007年4月。その席上で私は、「この半年君たちの 行動や経営姿勢を見てきたが、合格に値するものは、カーペンターズの石田とサンホームの平河と新光建設の高山だけである。他の者はもう少しそれぞれの立場 で仕事をしてもらわなければだめだ。《知行合一》になってない。そしてもっと勉強をしてもらわなければ困る。何をするかというと、先ず世の中のトレンドが どのように動いているか、価値観の変化、社会現象をどう読むか、である。人間力、言い換えればヒューマンスキルを養って欲しい」ともう少しきつい言葉で戒 めた。誉めた3人については月額の報酬をその4月からアップした。それも驚く程の額をである。
2007年1月5日。全グループの初出式で、私は中期3ヶ年計画を発表した。『グループ315計画』と称しているものだが、まだまだ浸透度が低くて一部の 者しか認識していなかった。『315プロジェクト』という名称で各グループから代表でメンバーを募り、私が議長で月1回会議を行ってはいたが、それが全グ ループの社員の30%にも行き渡っていないこと位は分かっていた。勿論それぞれの企業で『315計画』のプロジェクトチームを結成させ、進捗度合いを私の 主催の会議の中で報告させ、その都度修正したりアドバイスを行ったりしていた。が、せいぜい参加メンバーくらいしか関心を持っていないことも感じていた し、そしてその理由も分かっていた。
中期三ヶ年計画所謂『315』は当初は、全グループ売上300億・利益15億を骨子に組み立てていたが、今後予想される社会情勢と、現状の我々が持ってい る能力とかシステムやモチベーションの高さ等々から総合的に判断した結果、収益性を重視した計画に修正を行った。つまり、経常利益率5%に拘った計画に修 正したのである。多少決算時期はずれるが(サンホーム兵庫・リフォーム兵庫・カーペンターズ兵庫は3月期、ガーデン兵庫は4月期、新光建設は9月期、 ニューマテリアル兵庫は10月期)、グループ併せて売上231億・経常利益11億5千万という三ヶ年計画を、2007年の初出式で発表したのである。
これくらいのことはどの企業でもよく行うことである。長期計画だろうが中期計画だろうが発表したから出来るものではない。それで達成出来るのなら企業経営 なんて誰でも出来るし、こんな簡単なことはない。それくらいなことはいくら馬鹿な私でも十二分に認識している。その計画とそれを行うもの、つまり従業員と の間に共有する利害関係が一致しなければ全く意味を成さないし、絵に描いた餅になる。世の経営者の多くが陥りやすい錯覚である。「我社には立派な五ヶ年計 画があるにも拘らず、なぜ上手くいかないのだ?」と。今現在2007年度期グループは、売上がせいぜい170~180億・経常利益にいたっては3億そこそ こであり、各企業間のばらつきもあり、一律にはいかない事は最も理解をしている。が、しかし私はその席上で誰もが『あっ』ということを熱く語ってしまった のである。
「世の企業の経営者は、出来たらする、と言う。私はその逆である。するからやろう、と言う。つまり何が言いたいかと言えば、今年に限って全グループの昇給 は10%行う。ボーナスも4ヶ月支給する。そして社内旅行は年2回、海外と家族旅行を実施する。私は本気である。昇給10%くらいの経費を吸収できなく て、そのために倒産するくらいならしたらいいと思う。どうせその程度の力しかなかったのだから、それなら早めに潰れた方が世のためである。繰り返し言う。 今年は昇給10%・ボーナス4ヶ月・社内旅行2回。これを私は皆さんに約束する。だから皆さんも全身全霊を懸けて取り組んで欲しい。皆さんにとっても今年 はチャンスですよ。この時期に成長できなかった人はこの先伸びられませんよ。誰からも置いてきぼりを食らいますよ。是非全社員一人の落ちこぼれもなしに大 いに飛躍しましょう。」
私は毎年、この1年の間にお引き渡しをさせていただいた方のお宅を営業と一緒に訪問している。12月は戸建てのお客様で、1月はアパートのオーナー様のお 宅にお伺いをする。2006年の年末も押し迫った12月26日の夜8時ごろだったと記憶している。「今年も一応戸建てのお客様のお宅はこれで終わったな あ」と思い、澄み渡った冬の空を見上げると、そこに鏡のような月が出ていた。そのとき『閃いた』のである。10%を。私はこの半年余り、何かずーっともや もやしたものを抱いており、得もいわれぬ閉塞感に悩まされていた。私は『10%』でその夜の月のようにすっきりしたのである。以前平成5年にサンホーム兵 庫のみで15%の昇給を行ったことがある。しかしその時と今とでは全く状況が違う。あの時成算はあった。そして私の描いた通り1年もかかることなく会社は 大いに伸び、やがて百億を突破する企業になった(その後私の完全なる能力不足、デフレ経済とは?が全く分かっていなくて失敗したが)。今回は大変難しい。 余程手際良くやるべきことを着実に進めていく必要がある。到底私一人ではどうにもならない。いろいろと仕掛けをそれも一つや二つではなく、二重にも三重に も準備をして慎重に事に当らなければならない。また私の肉体も精神も磨り減りそうである。
私は2007年の初出式でそれらに関連して三つのことをグループの共通認識として進めていくことを説いた。先ず一つ目は『教育』である。教育というよりは むしろ訓練かもしれない。私は2006年の年末に或るCDと巡り合った。『アビトレ』という進学塾の経営者のCDであるが、彼は人間の集団は『2・6・ 2』の原則、つまり『2』は何もしなくても自ら積極的に取り組む『優秀な集団』、『6』は何事も普通でやれと言えばやるが成績で言えば中の集団、最後の 『2』はどうにもならない集団、に分かれると信じて塾の生徒指導も経営のマネジメントを行っていたが、或る日そうではない事に気がつき始め、そこから塾の 進学率は驚くほど上がり、経営自体もそれに準じて良くなってきたのだそうだ。勿論細かなスキルや手法はいろいろと説かれていたが、根本としては人間の持っ ている能力は素晴らしくて無限である、という認識である。私もそのCDを聴くまでは『2・6・2』の原則を信じていた。蟻とか蜂の集団実験の結果からそう 聞かされていた。この歳になってまた人間の能力に関して根幹を覆されたのである。『2・6・2』などという原則はこの世に存在しない。それぞれの人に対す る接し方・関わり方・教え方・質問の仕方・愛情の持ち方でいくらでも人間は成長するのである。私は『2・6・2』から『8・2』へ、もしくは『10・0』 へと熱っぽく語った。
次はブランド力の構築について話した。企業の使命の第一は継続だと思っている。しかも健康体で出来うる限り長く生き延びることだと私は思っている。そのた めには収益率が高くなければならない。収益率を高めるには二つの欠かすことの出来ない要素がある。ひとつはお客様に気に入られなければならない、所謂CS 度が高くなければならない。しかも通り一遍のCSではなく、並外れて高くなければならない。いまひとつは差別化である。ハード・ソフトの両面の差別化であ る。特に必要なのはハード面における差別化である。それらを突き詰めたものを「ブランド」という。世の多くは名前が知れているのが「ブランド」と思ってい るが、決してそうではない。例えば「サンホーム」はブランドでもなんでもない。それが証拠に「このサンホームください」と言って来るお客様はよくあって 1000人に1人位である。しかしヴィトンやエルメスのバックは「このバック」と言って買いに来る。当然値切る人など一人もいない。ベンツはベンツであ り、レクサスはレクサスである。レクサスを買いに来てカローラを買う人はいない。残念なことにサンホーム兵庫にはハード面におけるブランド力はない。せい ぜい外装タイルくらいである。だから様々に工夫を重ねてソフト面の差別化を図っているのである。方や新光建設にはハード・ソフトに置ける「ブランド」はい くらでも考えれば無尽蔵にある。今ブランド化に取り組んでいるものに「ザ・家」と「ザ・入母屋」がある。勘違いをしているものが多くいて、それらの商品を 発表すればそれがその時点で「ブランド」になると思っている者がいる。「ブランド力」を構築するまでには少なくとも3~5年の月日が必要なのである。そう して根気よく構築することで真の「ブランド」となっていくのである。このような話を二番目にした。今年になって嬉しい出来事があって、「ザ・家」が立て続 けに3棟も「このまま頂戴」と言って契約できたそうである。私が「にんまり」したのは言うまでもない。
三番目には全グループの共通言語について話した。トヨタでは「カイゼン」が全従業員の共通言語になっており、その「カイゼン」は今やそのまま世界語になっ ており、全世界で通用する言葉だそうである。我々のグループでは「フィードバック」を共通言語にし、その瞬間瞬間、所謂「真実の瞬間」でそれぞれの部署で それぞれの人が地位や職種に関係なく「フィードバック」し合おうではないかと、と呼びかけたのである。これをやり続けることでミスやロスが少なくなり、仕 事の効率も上がり、しいてはお客様のためにもなり、収益率も向上していくと結んだ。
手ごたえは上々だった。少なくとも下を向いたり居眠りをしているものは一人もいなかった。そこに集っていた330人余りの各グループの従業員は半ば呆気に 取られているようで、半信半疑の者もいたようである。特に新光建設の社員は業績が良くないことは知らされていたし、そのような時期にこんなある種馬鹿げた 事はにわかには信じがたいといった様子であった。私は大きな手形を切ってしまったのである。切った手形は落さなければ不渡りになる。私は自分自身に大きな プレッシャーをまたかけてしまったのである。そしてその場で合わせて役員の定年制についても発表した。社長の定年は63歳にした。それは同時に自分のけじ めをつけるためにも行ったのであるが、とにかくあと5年である。その5年間は何はさておいても事業を最優先する。そして経営者としての「轍」を残したいと 願っている。
私は自信があるかと問われれば「ある」とは答えられないが、イメージは完全に出来ている。だから根拠は全くないが出来る。イメージできるものは実現すると信じているからである。必ず実現できると言い切る。
今緩やかなエンディングへと向かって私は踏み出した。


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