或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

或る二世経営者の挑戦


第三部 ~すべてはお客様のために~


第三章 変化するプロジェクト

~THE家~


3年前に新光建設の社長に就任して、最初に取り組んだことは社内の意識改革だった。活性化委員会を新たに設置し、その中に『合理化チーム』『ESチーム』『戦略チーム』という3つの分科会を設けた。 次に最もやりたかったオリジナル商品の開発に取り組んだ。特に住宅部門においては急務だった。それまでにもそれらしきもの、たとえば『響』とか『彩』とか 『自然素材住宅』とかあるにはあったが、どれをとっても全て中途半端で、「新光のオリジナル住宅」というには程遠いものばかりだった。それも無理からぬこ とで、時間もコストもかけないでいいものが出来る道理はなかった。

ネットワーク企業からのメンバーはすぐ選べたが、どうしても外部のブレーンが必要だった。一人は広報担当だが、この人物は私のすぐ身近にいた。以前は或る 大手の広告代理店に勤務していたのだが、播磨プレハブ住宅推進協会を通じてご縁ができ、3年間サンホーム兵庫の広報担当顧問の後、今も引き続き相談に乗っ て貰っているK氏にお願いをした。
今一人は大学の研究者が最適だと考えていた。いろいろと伝を辿った結果、兵庫県立大学の「志賀教授」にお願いをしたところ、快く引き受けて頂いた。教授は 『町家再生塾』というNPO法人の塾長もされておられ、今になって思うことだが、これ以上の最適の人物は見当たらなかった。おそらく先生との巡り会いがな かったなら、こんなに早く、これほどぴったりな『THE家』は完成していなかったと思われる。
ともあれ『THE家』プロジェクトは2004年9月24日に第1回の会合を開くことが出来たのである。「すまい」とは何かから始まり、先生から「ヴィトル ヴィウス」の建築の三要素についての講義を聴いたり、時には現場に出たりしながら、KJ法的手法を駆使しながら、徐々にテーマを絞り込んでいった。
約半年が経過した頃やっとターゲットとコンセプトが明確になった。ターゲットは『団塊の世代』であり、コンセプトは『新しい価値を提案する家』であり、そ のキーワードは『愛着』である。「愛着」といっても二つあり、ひとつは『作る愛着』であり、いま一つは『住む愛着』である。テーマ別に3班に分かれ、何回 も何回も議論を重ねた。『作る愛着』とは、工程の段階でお客様に、何かをしてもらう、例えば「壁を塗ってもらう」「塗装(墨と弁柄を使用することにしてい るのだが)をしていただく」「釘を打ってもらう」「鉋をかけていただく」等々作業に参加してもらうのである。『住む愛着』とは、住めば住むほど味わい深く なる、とか、新築なのに以前から住み続けているような感覚の家、である。事実モデルハウスでは『作る愛着』については、壁の一部を私と女子社員で仕上げ た。(といっても遥かに女子社員のほうが巧かったが)『住む愛着』については、杉材を全てにおいて使用することと、墨と弁柄を塗ることで表現できたと思っ ている。
また一方では、「値ごろ感」「商品イメージ」「規模」「外観デザイン」「設備」「性能」「可変性」「自然素材」「エネルギー」「機能性」等々に於けるポジ ショ二ングの確認を行い、それぞれについてハード面ソフト面から仕様書を作成していった。それと平行してプランが決まり本設計も出来上がり、2006年1 月に着工し、2006年6月3日に我々の『THE家』はオープンした。広報活動については私の思惑通り、当初からK氏をプロジェクトの参加メンバーに加え ることで何一つ危惧することなくスムーズに進んだ。
オープン2日で210組を超す来展者に恵まれ、2週間以上経過した今でも、来展者は途絶えることなく続いているそうである。今後の営業活動は大変勇気がい るが、能動的な営業活動はしないつもりである。あくまでお客様に合わせた営業活動をしていこうと思っている。
あちらこちらに《THE家》《THE家》《THE家》が立ち並ぶことを夢見ながら・・・・・
 

~315プロジェクト~


3年前に新光建設の経営を引き受けるまでは、強力にしかもかなりのスピードで分社戦略を推し進めていった。先ずリフォーム兵庫を作り、続いてカーペンター ズ兵庫、そしてガーデン兵庫を創設し、その後の分社も視野に入れていた。しかし新光建設の社長に就任してからは、余りにも新光建設が抱えている課題が多 く、気持ちに余裕が持てないこともあって、私の中からその考えは薄れていった。1年余りが経過し多少落ち着き始めた頃に、前述の想定外人物『松本氏』に出 会ったのである。
彼の事業に対する思い、情熱、着眼点、そして生き様について傾聴するたびに、自分自身の愚かさや次元の低さに気づき、もう一度ゼロから根本的に思考を結晶 化しなければならないと思った。私の中に新光建設以外はそこそこ事業としてなりつつあるし、これくらいでいけば何とかなるし、後は自分の人生に於けるソフ トランディングでもゆっくり考えればいいと、思っていたのである。私は大いに刺激を受けた。このままでいい筈がない、人生も事業もこれで良いと言う『着地 点』などないのだ、と自分自身の怠惰を恥じたのである。
時は2005年1月5日。場所は山崎文化センター。ネットワーク企業の初出式に於いて私は、5年後即ち2010年度、グループあわせて年商300億、利益 15億、という目標を発表し、それぞれの企業の数字も明確にした。更にそれぞれの企業において、315プロジェクトメンバーも発表し、毎月その進捗状況を 確かめるとともに、推進のための会議を行うことも告げた。勿論その日まで誰とも相談もせず、いきなりトップダウンで行った。そしてそれが達成したら企業は どうなり、同時に個人的にはどのようなメリットがあるのかも話をした。
今2年目に入ろうとしている。各企業によって多少ばらつきはあるものの、進み出したという感じである。新光建設は100億の売上で利益が5億、以下列記す ると、リフォーム兵庫は20億の1億、ニューマテリアル兵庫は20億の1億、ガーデン兵庫は10億の5千万、そしてサンホーム兵庫は一心同体であるカーペ ンターズ兵庫とあわせて150億の7億5千万である。最も心配で遅れているのが新光建設である。本来なら中心的役割を担わなければならない企業がそんなこ とでは心もとないのだが、現実だから認めざるを得ない。詳しくはまたどこかのページで述べるが、この3年間で私は新光建設の各々の部門においてやるべきこ とを明確にしたと思っている。それを後は実践するだけである。実践する体制と意識が乏しいだけなのである。だから、今からの(2006年7月から9月ま で)3ヶ月の間にその実践できる体制と意識を醸成するつもりである。しかも有無を言わせぬ強力なパワーで行う決意である。

THE家プロジェクトも315プロジェクトも人数は12人である。なぜかと言うと、陪審員の人数と同じにしているのである。正しく「怒りの十二人」であ る。各ネットワークからその規模に応じた人数と人材を選び、毎月行っている。それぞれの企業で月1回以上集まり議論をし、その結果を持ち寄らしている。内 容と進捗について私が指摘を行い、それをまた各企業に持ち帰り議論させている。何回も何回も繰り返し繰り返し行っている。もうそれは私とメンバーの根競べ のようなものである。
成るまで続ける。私の意志は強くて硬い。


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