或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

或る二世経営者の挑戦


第三部 ~すべてはお客様のために~


第二章 お写経三昧

この間身の回りを整理していると、昭和62年2月1日と日付が記されたお写経が見つかった。おそらくそのお写経が私との最初の出会いだったと推測される。 約20年前である。その当時何がきっかけお写経をしたのか全く覚えていないが、多分気まぐれにたいした考えもなしに行ったと思う。
私の実家、所謂北見家は、浄土真宗西本願寺派である。阿弥陀如来を御本尊として崇め、開祖は勿論親鸞上人であるが、一言で言うなら『南無阿弥陀仏』と唱え ることにより、善人はもとより悪人さえも極楽浄土に行くことが出来ると言う教えである。現世よりも来世を重んじる宗派であると言える。別名一向宗ともよば れ、死をも恐れぬ集団は、戦国時代にはあの希代の天才『織田信長』さえも度々苦しめたのである。
一方『般若心経』は『大般若経』の真髄を266文字にまとめたもので、現世をどう生きるかを説いており、真言宗、真言密教はもとより広く宗派を超え、禅宗や法相宗でも唱えられているお経である。
『般若心経』の心は、『とらわれない心』『かたよらない心』『こだわらない心』である。そう云う心をもって『無』になれば、豊かで生き生きと人生を歩むこ とが出来ると教えている。ごく簡単明瞭である。この簡単明瞭が実は全てにおいて難しいのである。例えば絵画の世界においても弱い作家はついつい描き過ぎて しまい、余分なものを描かないと落ち着かなくなり、あれもこれもとカンバスに描き、結局何を描いているのか見るものにとって解らなくなり、暈けた作品に なってしまうのである。ピカソの作品には何一つ余分なものはなく、また足すものもない。ゴルフにおいてもまた然りである。下手なゴルファー程余計な動きが 多く、ショットが乱れる原因であり、パワーの割に飛距離が出ない。少し前に「何も足さない、何も引かない」というコピーのコマーシャルがあったが、実にそ の通りである。『無』『空』正しく私の永遠のテーマである。
私には3人の子供がいる。それぞれ3人が我が家から旅立つときに三つのことを言い聞かせた。一つは、麻薬には絶対手を出してはいけない、二つ目は、山登り 特に冬山登山はしてはいけない、三つ目は、宗教についてであるが、其の壱、勧誘に来る宗教はだめ、其の弐、お金の要る宗教はだめ、其の参、他の宗教を戒め る所謂排他的宗教はだめ、を懇々と説いた。そしていよいよ困り果てたら私に相談するように、と付け加えた。
全ての宗教は、人間を救うものであり、無理に推し進めるべきものでは決してないし、ましてや金品を強要するなどもってのほかである。何処かの宗教は年に何 回か『寄付デー』というものがあり、その金額の大小でご利益の度合いが決まるのだそうで、全くもって神や仏を冒涜するにも甚だしい。自分たちの信仰する宗 教だけが唯一とし、他の宗教を完全否定するところに最大の誤りがあり、そこから宗教戦争なるものが世界史上からなくならず、平和を享受できない原因があ る。本来人を救うべき宗教が、その違いによって人間同士が殺し合っている現実は、誰がどう考えてもどこか狂っているとしか思えないのだが、誰も是正できず 放置されたままになっている。悲しくてやりきれないと思っているのは私だけではないはずである。どうにかしたいが、どうにもならないジレンマが私を襲う 日々である。
 


平成18年2月13日現在、お写経の枚数は612枚である。今年の冬が殊のほか寒くて、早朝凍結の恐れや積雪で朝の出勤が思うように出来ないのと(朝7時 40分位に出社し始業までの約1時間をお写経にかけていたが)、今この四方山話を書いているので、なかなか思うように捗っていないのが現在である。当初か らの目標である1000枚まではお写経をさせて頂く。それ以降はその時になってから考えるつもりである。でもなんとなく私の『お写経三昧』は続いていきそ うである・・・。

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