或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

或る二世経営者の挑戦


第三部 ~すべてはお客様のために~


第二章 海外あれこれ

私が訪れた国や地域をアトランダムに挙げてみると、ハワイ、グアム、アメリカ本土(シカゴ・ロス・カリフォルニア)、韓国、済州島、台湾、香港、オースト ラリア(ケアンズ)、ニューカレドニア、ベトナム、カンボジア、中国(北京・上海・天津・広州)、海南島、ウラジオストック、ドバイくらいかな?こうして 見ると余りたいした所へ行ってないと思う。先ずヨーロッパのどの国にも行ったことがない。南米にも行きたいし、アフリカにも是非行きたい。ニューヨークに 行ってないなんて自分でも信じられないくらいだ。北欧にも憧れるし、トルコも何か郷愁をそそられる国である。
最も数多く訪れているのがハワイである。何回か数えたことはないが、15~6回行ったように思う。ハワイ諸島の中で行ってないのはモロカイ島くらいで、他 の島は(ハワイ島・マウイ島・カウワイ島・ラナイ島)すべて行き尽くした。ハワイなら何処でも何時でもご案内申し上げる。何処がお勧めかと言えば勿論ラナ イ島である。ラナイ島には交通機関がシャトルバスしかない。タクシーは一台もない。ホノルルから30人乗りくらいのプロペラ機で50分程かかるが、その空 港と2つのホテルを結ぶバスのみが唯一の交通手段なのである。2つあるホテルのうち海側に立地しているのが『マレネベイ』ホテルで、山裾に位置しているの が『ロッジアットコエレ』ホテルである。それぞれのホテルにゴルフ場が隣接している。『マレネベイ』に隣接しているゴルフ場は『ジャック・ニクラウス』が 設計したそうで、雄大で海の景観をふんだんに取り入れたシチュエーションになっており、我々ゴルファーの勇気を掻き立ててしまう。その中の一つに名物ホー ルがある。207ヤードパースリー。ティグランドの眼下は紺碧の海。はるか向こうに嘲笑うかのようにグリーンがある。そのグリーン上であの『ビルゲイツ』 が結婚式を挙げたそうである。一寸でもミスをしようものなら、白球はまるでスローモーションを見るが如く青い海の中へと吸い込まれていく。一方『ロッジ アットコエレ』にあるゴルフ場は『グレック・ノーマン』が設計をしたもので、非常に繊細なコースになっている。我々は陽が昇ると同時に一番ティに立ち、日 暮れと共にホテルに帰る。所謂「ゴルフ三昧」というやつである。
旅のもう一つの楽しみは食べ物にある。ベトナム料理。これは本当に美味しかった。日本に帰ってからも神戸辺りでベトナム料理の店を探して食べに行ったが、 一寸違うのである。その《一寸の違い》が大きいのである。印象に残っている料理をアトランダムに挙げると、《済州島の雉肉のしゃぶしゃぶ》《ウラジオス トックのキャビア》《北京で食べた北京ダック》《香港の海上レストランでの数々の料理》《台湾での本格的中華料理》《ニューカレドニアで食べたフレンチ》 《ドバイでベリーダンスを見ながら食べたアラビア料理》《ドバイから乗り換えの時間を利用して香港で食べた飲茶》《ハワイのラナイ島にあるロッジアットコ エレホテルのディナーに出てきた鹿肉のソテー》《ハワイのフルーツ》《海南島で知らされずに食べた蛙》《韓国の一般家庭でご馳走になったキムチ》等々か な?
再度早急に訪れてみたい所は北京。なぜかと言うと、私が最も最初に訪れたのが中国だったからである。どういう訳か、私は海外に行くなら一番最初は中国と決 めていた。少女から女になる時は《あの人に》と決めるような気持ちで、《中国と》思い込んでいた。32歳の時だった。少し晩生だったが、その分印象は強く 今も残っている。あの当時は「兌換券」といって外国人専用の紙幣があり、外国人はその紙幣が通用するところでしか買い物も食事も出来なかったのである。当 然その分中国人よりは全てにおいて高くなっていた。多分記憶では3倍くらい高かったように思う。上海・天津・北京と三大都市を訪れた。今では考えられない ことだが、宿泊するホテルはその日の午後にやっと決まるのである。日本への電話も通じるまでに最低3時間くらいかかった。
最初の都市上海は蒸し暑く、何処へ行っても何時でも自転車がまるで湧いてくるように走っていた。朝市へ出かけて食べた「揚げそば」は、一口食べた途端にな んともいえない腐った脂の臭いでその場に吐き出してしまった。次に訪れた天津は、地震が発生して1年近くも経過しているにもかかわらずその爪跡がまだ所々 に残っていた。運命とは皮肉なもので、当時から姉妹提携をしていた神戸市が、その15年後にあの大地震に見舞われる事になったのである。北京での思い出は なんといっても「万里の長城」である。月から見える唯一の建造物「万里の長城」にはロマンと哀愁を同時に感じたことを、今も覚えている。『天安門広場』も 後のあの忌まわしい事件と共に忘れられない場所になってしまった。故宮博物館は今からでも直ぐ行きたい。移動中に機内から見た『揚子江』はどう見ても海 だった。初めて訪れたイスラム圏『ドバイ』は大変興味深かった。『ベトナム』も『ウラジオストック』も共産国の臭いはなく、完全に自由主義国だった。私が 第一線から退いて、最もしたいことは『歩き遍路』でその次は『世界旅行』である。その時期を5年後と決めている。これは絶対譲れない。私も覚悟を決めてい るが『君達』もその覚悟をしておくように、くれぐれも。

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