或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

或る二世経営者の挑戦


第三部 ~すべてはお客様のために~


第二章 歌舞伎鑑賞

後1ヶ月もすると、京都の南座に『まねき』が上がる。顔見世の時期である。もう10年以上余程のことがない限り観続けている。顔見世に逢うために師走の都大路を訪れると、『ああ今年ももう終わりだなあ』という思いに浸る。
これからは全く私見であり、所々知識不足で辻褄の合わない個所があるかも解らないがご容赦願いたい。歌舞伎と言えば私はいの一番に『団十郎』をあげる。そ もそも歌舞伎十八番と言うのは『団十郎』すなわち『成田屋』の出しものを例えて呼称しているのだから、歌舞伎の今日までの歴史に順番があるとすれば、『出 雲の阿国』に次ぐ順位になると思う。現在の『団十郎』は十三代目になる。今病で養生をしているが、彼の『助六』はなんと言っても絶品である。紫の鉢巻と黄 色の足袋は『成田屋』だけに許された色で、他の役者が演じる時はその色は許されないのである。いろんな役者の『助六』を見たが『助六』だけは他の役者に演 じて欲しくないと思っている。あの粋さは『団十郎』でしか出せない粋さであり、他の役者では無理である。上手とか下手とかの領域ではなく、あの粋さは代々 引き継がれてきた『団十郎』の『DNA』としか言い様がない。
一方『玉三郎』はこの世のものとは思えない。あれは正しく化け物であり女以上である。三浦屋の『揚巻』といい『籠釣瓶花街酔醒(かごのつるべさとのえいぞ め)』の『八つ橋太夫』といい、身震いがしてしまう。玉三郎の『八つ橋太夫』が最初に艶やかな花魁道中をしながら登場し、田舎者の『次郎左衛門』にほんの 一瞬目配せをするくだりがあるのだが、あの眼で見られたら『次郎左衛門』でなくとも逆上せあがってしまう。今歌舞伎界で『踊り』だけで人が呼べるのは『玉 三郎』だけである。一度「玉三郎」の踊りだけの舞台があり、必死の思いでチケットを手に入れ見に行ったが、観終わった後も2~3日その余韻に浸ったもので ある。『鷺娘』『藤娘』は勿論、最後に紙ふぶきの中で息を引き取っていくシーンを今でも時々夢に見るくらいである。
『勘九郎』は『勘三郎』と名を改め十八代目を襲名した。先代は生で見る機会はなかったが、テレビで『歌右衛門』と『一本刀土俵入り』のシーンで1階の『茂 平』と2階にいる『おつた』の掛け合いをなぜか鮮明に記憶している。『歌右衛門』の舞台は何回か観たが、花道から出てくるだけでその辺一体がオーラに包ま れたものである。『勘三郎』のいいところは、兎に角すべてに一生懸命に取り組んでいる姿勢である。彼は踊りも上手いし、『三津五郎』との軽妙なやり取りも いいし、『髪結新三』も『榎木乳房』の早変わりも何回でも見たい。また野田秀樹や串田和美と新作歌舞伎にも積極的に取り組んでいる。芸の幅が広い。願わく は天才と謳われた先代の深さを極めて欲しい。これからの歌舞伎界を背負う人物であることには間違いない。
忘れてならないのが『音羽屋』の存在である。『白浪五人男』の見せ場である『浜松屋』の店先で『男とばれちゃあ仕方がねえ』と言って啖呵を切り言うあの名 台詞は、『音羽屋』以外の人に言って欲しくない、などとついつい思ってしまう。私は『浜の真砂と五右衛門が歌に残せし盗人の種は尽きね七里が浜、その白浪 の夜働き・・・』を諳んじて、時々宴会の席でカラオケ代わりに披露したこともあるほどである。大向こうから『いよ!音羽屋』と威勢のいい声がかかりそうで ある。
上方歌舞伎といえば『雁治郎』のことのように思っている人が多いが、私は『松島屋』さんが本流だと思っている。『孝夫』が『仁左衛門』を襲名したが、三男 が継ぐというのも珍しいことである。先代の『仁左衛門』の最後の舞台を偶然ではあるが、何年か前の顔見世で見られたのは、ラッキーというしかない。舞台に 立っているだけで存在感を感じる役者だった。現在の十五代『仁左衛門』は一時体調を崩していたが、大変華のある役者で、上方歌舞伎には欠かせない存在であ る。これは少し脱線するが、私のホームコースである上月カントリーの腐れきったオーナーの母親が、『松島屋』さんの大谷町だったそうで、今でも『仁左衛 門』は「お母さん、お母さん」と言って慕っているそうである。名誉のために言っておくが、お母さんは大変立派な人物で、『馬鹿息子(息子といってももう 60を過ぎている)』とは全く違うらしい。仮にも『松島屋』の谷町には誰でもなれないことくらいは私にでも解る。
方や『雁治郎』は『成駒屋』という屋号だが、『成駒屋』は『歌右衛門』が本流であり、『雁治郎』に時々『大成駒屋』という掛け声がかかるが、私は納得でき ない。『歌右衛門』が亡くなったのでいずれ『芝翫』が後を継ぐと思うが、そうすると『福助』が『芝翫』を襲名することになる。『雁治郎』は今年の顔見世に おいて『坂田藤十郎』を襲名し、屋号も『山城屋』を名乗るそうだが、この名跡は231年も途絶えていた大名跡で、それを復活するということは真におめでた い限りである。『雁治郎』は『西鶴』の世話物を演じたら天下一品であり、そこをとことん極めて欲しいと、『人間国宝』に向って少々生意気だが、私はお願い する次第である。
また『吉右衛門』のスケールの大きさにはただ感服するのみである。『勧進帳』は『幸四郎』の十八番のように言われていて、事実演じた回数も1,000回近 いそうだが、私は『吉右衛門』の「勧進帳」のほうがはるかに好きである。花道の奥から六方を踏みながら登場し、大見得を切る「播磨屋」さんの方がはるかに 迫力がある。どうも『高麗屋』は好きになれない。『吉右衛門』の『一条大蔵卿』も好きな演目の一つである。
歌舞伎界に一大旋風を起こした『澤瀉屋』の『猿之助』が体調を崩したまま、音沙汰がないのは寂しい限りである。スーパー歌舞伎で一斉を風靡し、宙乗りの醍 醐味を我々素人にも楽しませてくれた。渋いところでは『猿之助』の『黒塚』は是非もう一度観てみたい演目の一つである。早く元気になられるのを祈ってい る。
最近は襲名披露が大流行である。「八十助」が「三津五郎」を、「勘九郎」が「勘三郎」を、「孝夫」が「仁左衛門」を、また最近は歌舞伎界のホープ中のホー プ『新之助』が『海老蔵』を襲名した。その中で『辰之助』の『松緑』は???と思ったのは私だけであろうか。
歌舞伎を度々見ていると、面白いハプニングに時々出食わすことがある。あれは3~4年前だったと思うが大阪の松竹座へ行ったときのことだった。「歌舞伎講 座」と称して『翫雀』が歌舞伎の面白さとか鑑賞のポイントや決め事などをわかり易く解説し、その後に歌舞伎のひとコマに観客が出演するというコーナーが あった。「誰か出てみたい人はありませんか?」とリクエストをしたので、私は「はぁーい」と言って一番に手を挙げた。男が1人女が1人が出演できるとのこ とで、私の他にもう1人男性がいた。翫雀はじゃんけんで決めます、と言った。じゃんけんはお手の物、私は勝ってすぐさま舞台裏へ呼ばれた。男は『女形』に なり、女は男装すると言う設定になっていた。私は「傾城」になり女性は『若衆』のいでたちで、船に乗りせり出すのである。もうかっこいいといったら、あの 爽快さは今も忘れることは出来ない。以前から一度歌舞伎の舞台に立ってみたい、立ってみたいと思っていて、あの「京鹿子娘道成寺」に出てくるお坊さん役で いいから「出させてくれ」と本気に松竹の永山会長にお願いしようかと、思っていたくらいである。夢は念ずれば叶うものだと、しみじみ思った。
私の気ままな「歌舞伎鑑賞」はまだまだ続く・・・。

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