或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

或る二世経営者の挑戦


第三部 ~すべてはお客様のために~


第二章 進化するハンマー打法

あれから早4年の月日が経過した。上月カントリーの倶楽部ハウスを借り切って、盛大に私の倶楽部チャンピオンの祝賀会を催したのが、ついこの間のような気 がする。準決勝で宿敵金子氏を割とあっさり倒し臨んだ決勝戦は、4年経った今も殆ど覚えている。相手は石田選手で当時はまだ上月カントリーでは新参者だっ た。当然のことながら、期待にも似た応援は私に集まる。その分プレッシャーはかかる。霧雨が降ったり止んだりする中で試合は開始された。
18ホール終わった段階で私は2ダウンしていた。(素人の人のために少々解説すると、倶楽部選手権というのは予選会があり上位16人が残る。16人による トーナメント形式で1対1で戦いをするのであるが、ストロークではなくてホールバイホールでの勝敗を競うのである。だから2ダウンということは、前半の 18ホールのうちトータルして2つ私が負けていたのである。)が、私には全然焦りはなかった。最初の⑨ホールでは私が1アップしていたが、次の⑨ホールで 3ダウンし結果2ダウンしたのであるが、彼はインコースではスコアーに換算すると2アンダーくらいで回っている計算になっていた。アマチュアでそんなゴル フが続くわけがない、そのうち崩れるとよんでいた。案の定次のアウトで私は追いつき、最終インコースはずっとイーブンのままで16番ホールを迎えた。
422ヤード・パー4。オーナーは石田。左に曲がってOBかもしれない。暫定球を打つ。私はフエアウエイの真中。最初に打った彼のボールはセーフだったが バンカーのあご。私は堅くグリーンの真中へ2オン。石田絶体絶命のピンチ。彼は渾身の土方で鍛えた腕力で砂もボールも一緒に打ち据えた。高い放物線を描い てピン上1メートルに見事2オン。私は度肝を抜かれた。奇跡というしかないショットだった。ピンチから一挙にバーディチャンス。私は気を取り直してピン下 1メートルに寄せる。彼のパットは僅かにカップの淵に止まる。勿論コンシード。私の放ったパットはカップを一周してイン。思わずため息。次は17番ホール 168ヤード・パー3。石田ピン筋手前5メーター。私のキャディ宮藤、《北見さん右に打ってください、絶対右です》と囁く。石田ファーストパット絶妙、コ ンシード。キャディ宮藤また囁く、《北見さん絶対まっすぐ、まっすぐ打ってください》私は傾斜から見てフックラインだと思ったが、キャディの云うとおり 打った。果たしてボールはカップの真中から見事カップイン。1アップ。最終18番ホール425ヤード・パー4。オナーは私。ティショット右のラフ。石田左 のバンカー。残り180ヤード。ピンを狙えないことはないが林越えになる。危険が大きすぎると判断し、またこのホールたとえ負けたとしてもアウトの1番は 私の得意のホールだ、何とかなると思いグリーン手前に刻む。石田バンカーからグリーンを狙うが少しダブり手前30ヤード。私はピンまで68ヤードと判断 し、本来はサウンドウェッジの距離だが、今日はアプローチウェッジのほうが距離感が合っていたので、60ヤードをイメージして無心で打った。ボールはピン まっすぐに向かっていった。20~30人程のギャラリーから『入る、入る』という声が聞こえた。ボールはカップをかすめながら、30センチほどオーバーし て止まった。石田は直接カップインするしか勝利はない。石田手が動かない。グリーンに乗っただけ。こうして21世紀最初のチャンピオンが誕生したのであ る。勿論『モウノーマン』のハンマー打法である。私北見俊介によって見事に開花したハンマー打法はその後益々進化し、怪物長谷川旭との出会いで今や全国区 にデビューしようとしているのである。(それについては何処かで詳しく述べる)
我々アマチュアはある意味倶楽部チャンピョンのために1年間練習をしたり、ラウンドをしたりしているようなものである。今年も(2005年)その時期が やってきた。私は予選で手首を痛め辛うじて通過はしたものの、一言でいえば平常心を忘れ残念なことに1回戦で敗退してしまった。今年はショットの感じをつ かみ、調子自体は良かっただけに余計悔やまれるが仕方がない、また来年に期するしかない。どうしてももう1回チャンピョンになりたいのである。2001年 に勝ったことがフロックでないことを示したいのである。私のハンマー打法を益々進化させ、ゴルフ界においてもその轍を残したいのである。ゴルフは、私がス ポーツにおいて唯一めぐり合った最愛のスポーツだからである。
私のホームコースの上月カントリーもその典型であるが、昨今のゴルフ場経営については真にもって言語道断の振る舞いである。最もよくあるケースで記してみ よう。会員権が2,000万だとすると、そのうち入会金が200万、預託金が1,800万というのがごく普通のパターンであり、預託金1,800万につい ては10年預かり、金利は0で要望があれば会員としての権利は失うが、お返しするという契約になっている。そしてその10年が殆どのゴルフ場において経過 しており、会員からは返却の声が当然の如く上がっているにもかかわらず、その資金がない、という理由のみで返却しないのである。会員券の分割とかもう更に 10年間据え置きとか、あの手この手の苦肉の策を労して生き延びているゴルフ場もあれば、民事再生や和議申請や破産宣告や会社更生法などの法的手続きに 至ったゴルフ場も数多くあるのは周知の通りである。お金を無利子で集めておいて、ないから期限が来ても返さない、というのは真にもって許しがたい行為であ り、詐欺罪に相当すると私は思うのであるが、『昨今のゴルフ場』という何か特別な治外法権的な雰囲気がそうさせているのか、「まあ何とかプレーが出来たら 良しとしよう」のところに落ち着いてしまっている。
それでも私は『百歩譲って』それぞれのゴルフ場経営者が一身に経営に打ち込んで、どうしたらもっとお客様に喜んで頂き楽しんで頂けるか、を考えて事業を進 めていた結果そうなったのならまだしも情状酌量の余地はあるが、殆ど全てが放漫経営にその原因を見出すことが出来る。他に事業を持ちながら、趣味が高じて 多少小遣い稼ぎにでもなったら、と軽い気持ちで寄り合い所帯で社長も持ち回りで、日々の経営は支配人任せのゴルフ場。企業の経営というよりは、世間体でゴ ルフ場を人から煽てられて始め、会員権を売って得た資金も銀行から莫大な借り入れした資金も目の前にあるお金は全て自分のものと思い、湯水の如く使いたい 放題に金を遣い、今になってないからと居直るゴルフ場経営者。多かれ少なかれ殆どが五十歩百歩である。少なくとも企業の経営はお遊びでは絶対出来ない。
人間も企業も先ず初めに『哲学ありき』である。何のために存在するのか?どう生きるのか?企業の『ミッション』こそが最も大切なのである。これは永遠の真理である。

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