或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

或る二世経営者の挑戦


第三部 ~すべてはお客様のために~


第二章 悲しい別れ ③ 分身の場合

家内の都合で私は時々犬の散歩を引き受けることがある。僅か1キロそこそこの道のりだが、何組かの散歩をしているペアに出会う。また夕方車で走っていると 犬の散歩の風景によく出くわす。テレビの報道や雑誌の情報から察するところ、ペットブームらしい。ペットショップもそうだが、何か私は胡散臭さを感じるの だが、ブリーダーという商売で大いに儲けた話もよく耳にする。近頃は犬や猫といった一般的なペットだけでは飽き足らず、イグアナやトカゲやニシキヘビと いった類のものから、サソリやワニまでも飼うものもいるらしく、それでも愛情を持って飼うのならまだしも、飽きてしまうと捨ててしまうのだから始末が悪 い。私には全く理解できないことの一つである。更に理解できないのは、人間が我が子を虐待することである。その挙句死に至らしめてしまうという事件が度々 報じられる。その原因については有識者の間で色々と論じられているが、私は『他人のために何かをする』ことの重要さを教えない教育に問題があると思ってい る。聞くところによると、小学や中学の教科書から『夏目漱石』が消えたそうである。何処かが狂っているとしか私には思えないのである。(小泉さん)
愛猫『カーコ』については折にふれ記しているので此処ではあまり詳しくは述べないが、7年半という短い私との生活の割には中身は濃かった。他県で一人暮ら しをしていた娘から10日ほど預かって欲しい、と頼まれたのが最初の出会いだった。私達ははっきり言って『猫』は大嫌いだった。1週間でそれが『飼わず嫌 い』だったことを思い知らされ、娘から横取りをするような形で私達と一緒に暮らすようになった。最初は『カズ』という名前だったが、去勢をしたため『カー コ』と呼ぶようになった。元気だったり、甘えん坊だったり、寂しがりやだったり、我侭だったり、その他様々な仕草で私達を大いに癒してくれた。しかし生ま れながらにDNAの中に宿していた白血病には『カーコ』も私たちも勝てず、2003年12月4日に家内の腕の中で息を引き取ったのである。私は今の今まで 引きずっていたのだが、『クロ』との運命的な出会いが2005年の5月にあってからは徐々に和らいでいった。今度娘がウィーンから帰って来たら一緒にお骨 を埋葬するつもりである。
それから年が明け2004年の1月4日に『カーコ』のあとを追うように愛犬『サンタ』が亡くなった。17歳と6ヶ月、人間で言えば90歳に匹敵するほどの 大往生だった。私は悲しかったが、むしろさわやかさが残る哀しみだった。しかし17年半の間、文字どおり雨の日も風の日もまた寒い雪の降る日も、毎日毎日 散歩を欠かすことのなかった家内の哀しみは、そう容易く癒えるものではなかった。私の勧めもあり家内は、娘の住むウィーンへ少しで気が紛れれば、と言って 旅をした。『サンタ』の49日が終わるのを待ち兼ねるようにして、私たちは神戸の「柴犬センター」で新しい犬を買い求めた。それが二代目サンタ=『官兵 衛』である。『サンタ』も『カーコ』も『官兵衛』も『クロ』も私たちの子供ではない。それは『分身』なのである。
(香山草紙エッセイ集5・16・19・22・44・50・51・52・62参照)

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